丹内祐次
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1985年北海道函館市出生[1]。実家の近くに函館競馬場があり、登校途中に調教を見学するうちに競馬に興味を持ち始め、中2の頃には騎手になることを決心したという[2]。
2004年第20期生として競馬学校騎手課程を卒業[3]。美浦・清水美波 (以下"清水")厩舎所属騎手としてデビュー。同期には川田将雅、藤岡佑介、吉田隼人、津村明秀らがいる。1年目は8勝という成績に終わるも、師匠である清水のサポートもあり、翌2005年には勝ち星を27勝にまで伸ばし特別戦勝利も達成。新潟2歳ステークスにて重賞初騎乗を記録し、 年末の朝日杯フューチュリティステークス・スロクハイネスにてGI初騎乗の予定だったが、跛行に因る出走取消という不運に見舞われた[4][5]。
そして2006年、この年も順調に勝利を積み重ねていたが8月19日の新潟競馬6Rでホーネットアーミーに騎乗、競走中に前にいた馬が故障を発症し落馬した際、足元をすくわれ転倒落馬、右上腕骨骨折の重傷を負う。この時丹内は「余りの痛さに折れていることがすぐにわかった」という。全治3か月と診断されたが、4か月経っても消えない痛みを押して調教を再開。しかし無理が祟り再手術を要するほどに患部を痛めてしまう。手術は「腰の骨を腕に移植して、プレートとピンを2本入れる」という大がかりなものとなり、レース復帰は2007年6月までずれこんだ[2]。
しかし休養の間に減量期間が終了し騎乗依頼が減少、また長く実戦から離れレース勘を失ったこと。さらに翌2008年には体内のピン破損に因る右肩痛を発症、手術のために休養に入るなど多くの影響で復帰後の成績は低迷、2年連続で勝利数1桁に終わった[2]。一時は引退も考えたが清水や岡田繁幸らのサポートもあり[2]、2010年には騎乗数・勝利数をともに伸ばし特別戦9勝を含む20勝をマーク。その後もマイネル・コスモ軍団のビッグレッドファームやサラブレッドクラブ・ラフィアン所有馬へ主戦級で騎乗を増やしながら、2005年の朝日杯出走馬取消後、GIへの騎乗を果たせずにいたが、2011年の天皇賞(春)でコスモメドウに騎乗し、6年越しでGI初騎乗。しかし2周目最後の直線で競走中止し、コスモメドウは予後不良となってしまう不運に見舞われた[6]。
2011年6月19日、函館5Rでコスモメガトロンに騎乗し1着となり、現役86人目となるJRA通算100勝を2778戦目で達成した[7]。
2014年2月永く丹内を支えてきた清水が定年により勇退[8]。それに伴いフリー騎手となった[9]が、勝ち鞍を積み続け、翌2015年佐賀記念をマイネルクロップで制し重賞(ダートグレード競走)初勝利をあげる[10]と、翌月には同馬でマーチステークスを勝ち、中央競馬重賞初制覇も達成した[11]。
2015年11月8日、福島9Rでウインアキレアに騎乗して1着となり、現役57人目となるJRA通算200勝を5137戦目で達成[12]。
2016年、マイネルミラノに騎乗して函館記念を勝利し、念願の地元での重賞制覇を飾った[13]。
2020年5月17日、新潟9Rでベルジュネスに騎乗して1着となり、現役50人目となるJRA通算300勝を7846戦目で達成[14]。
2022年8月21日、札幌3Rでマイネルキングに騎乗して1着となり、現役44人目となるJRA通算400勝を9591戦目で達成[15]。
2023年3月11日、中山7Rでマイネルカンパーナに騎乗し、史上49人目、現役33人目となるJRA通算10000回騎乗を達成した[16]。
2024年4月27日、新潟5Rでマイネルオーシャンに騎乗して1着となり、現役33人目となるJRA通算500勝を1万984戦目で達成した[17]。同年5月4日、新潟3Rでランスロットに騎乗し、史上45人目、現役25人目となるJRA通算1万1000回騎乗を達成した[18]。この年の重賞勝利はクイーンステークスのみであるが、年間70勝を挙げ美浦ではリーディング4位に入った。
2025年5月25日、東京7Rでズイウンゴサイに騎乗して、史上40人目、現役では23人目となるJRA通算1万2000回騎乗を達成した[19]。同年7月19日、函館3Rでアルデツヨシに騎乗し1着となり、通算1万2144戦目で史上83人目、現役では29人目となるJRA通算600勝を地元函館で達成した[20]。9月7日、札幌8Rでセゾンデフィーユに騎乗して44レース連続騎乗(最終的には46まで更新)となり、和田竜二が2015年に記録した43レース連続騎乗記録を更新した[21]。同年12月28日、自身初めてのJRA年間1000回騎乗を達成した。年間100勝は達成出来なかったが、95勝を上げ全国リーディング7位に入った。
エピソード
騎乗成績
| 日付 | 競馬場・開催 | 競走名 | 馬名 | 頭数 | 人気 | 着順 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 初騎乗 | 2004年3月6日 | 1回中京1日5R | 4歳上500万円以下 | ディヴァインリー | 16頭 | 13 | 12着 |
| 初勝利 | 2004年4月10日 | 1回福島3日2R | 3歳未勝利 | スピードタイガー | 11頭 | 1 | 1着 |
| 重賞初騎乗 | 2005年9月4日 | 3回新潟8日11R | 新潟2歳ステークス | マイネルグリッツァ | 18頭 | 9 | 10着 |
| 重賞初勝利 | 2015年2月10日 | 佐賀10R | 佐賀記念 | マイネルクロップ | 12頭 | 1 | 1着 |
| GI初騎乗 | 2011年5月1日 | 3回京都4日11R | 天皇賞(春) | コスモメドウ | 18頭 | 10 | 中止 |
| 年度 | 1着 | 2着 | 3着 | 騎乗数 | 勝率 | 連対率 | 複勝率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2004年 | 8 | 15 | 10 | 250 | .032 | .092 | .132 |
| 2005年 | 27 | 22 | 36 | 584 | .046 | .084 | .146 |
| 2006年 | 11 | 11 | 21 | 319 | .034 | .069 | .135 |
| 2007年 | 11 | 11 | 19 | 272 | .040 | .081 | .151 |
| 2008年 | 3 | 2 | 8 | 211 | .014 | .024 | .062 |
| 2009年 | 8 | 12 | 11 | 365 | .022 | .055 | .085 |
| 2010年 | 20 | 11 | 34 | 525 | .038 | .059 | .124 |
| 2011年 | 32 | 63 | 51 | 617 | .052 | .154 | .237 |
| 2012年 | 19 | 32 | 34 | 534 | .036 | .096 | .159 |
| 2013年 | 16 | 43 | 37 | 571 | .028 | .103 | .168 |
| 2014年 | 22 | 21 | 18 | 421 | .052 | .102 | .145 |
| 2015年 | 25 | 35 | 29 | 540 | .046 | .111 | .165 |
| 2016年 | 20 | 26 | 30 | 526 | .038 | .087 | .144 |
| 2017年 | 28 | 36 | 35 | 572 | .049 | .112 | .173 |
| 2018年 | 12 | 22 | 31 | 595 | .020 | .057 | .109 |
| 2019年 | 27 | 46 | 49 | 656 | .041 | .111 | .186 |
| 2020年 | 29 | 41 | 54 | 720 | .040 | .097 | .172 |
| 2021年 | 38 | 66 | 67 | 755 | .050 | .138 | .226 |
| 2022年 | 64 | 74 | 70 | 804 | .080 | .172 | .259 |
| 2023年 | 53 | 86 | 75 | 862 | .061 | .161 | .248 |
| 2024年 | 70 | 83 | 88 | 911 | .077 | .168 | .265 |
| 2025年 | 95 | 93 | 111 | 1007 | .094 | .187 | .297 |
| 中央 | 638 | 851 | 918 | 12617 | .051 | .118 | .191 |
| 地方 | 61 | 71 | 82 | 835 | .073 | .158 | .256 |
通算勝利記録
- 通算100勝 2011年6月19日函館5R サラ2歳新馬・コスモメガトロン
- 通算200勝 2015年11月8日福島9R サラ3歳以上500万下・ウインアキレア
- 通算300勝 2020年5月17日新潟9R 4歳以上1勝クラス・ベルジュネス
- 通算400勝 2022年8月21日札幌3R 3歳未勝利・マイネルキング
- 通算500勝 2024年4月27日新潟5R 3歳未勝利・マイネルオーシャン
- 通算600勝 2025年7月19日函館3R 3歳未勝利・アルデツヨシ
表彰
- フェアプレー賞(関東)(2023年)