二階町 (姫路市)
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歴史
- 山陽道(西国街道)の宿場で、本陣があった。姫路が城下町であったことから、宿・商家などは平屋しか許可されていなかった。しかし二階町は、播磨国総社と長壁神社を繋ぐ参道として発展し、当時としては例外的に二階建てが許可された。このことが町名の由来であると言われている。
- 戦前には、当時の交通軸であったみゆき通りよりも賑わい、播磨地方きっての商業地であった。戦後は、大手前通りの本格整備に伴い商業軸へと移行したみゆき通りと共に高級商店街として栄えたものの、最近になって加速した姫路駅周辺への商業施設集中、更には商業施設の郊外分散もあいまって、姫路駅から離れた二階町は冷え込みが厳しくなっている。
- 以前はみゆき通りとの交点に丸善姫路店やダイエー姫路店があったが、撤退してしまった。東二階町には1897年(明治30年)創業の家具店「インテルナきたむら」があり、西二階町にはこれも更に老舗の「うす源」などがあったが、両社共時代の流れに淘汰された。西二階町には姫路を代表する和菓子「玉椿」を製造販売する伊勢屋本店がある。
- 箪笥は姫路の地場産業の一つで、少し前までは二階町近辺にも多くの家具店が軒を連ねていた。現在も数は減ったものの、1784年(天明4年)創業の「板文」などの老舗が健在である。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]。
| 番地 | 義務教育学校 |
|---|---|
| 全域 | 姫路市立白鷺小中学校 |
交通
施設
- 但陽信用金庫 姫路支店
- ヤマトヤシキ
