魚町 (姫路市)
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広域地名
歴史
姫路城改修時の町割りで設置された町で、元は西魚町と称した[5]。「恵美酒町ノ西ノ町デ悉ク魚店」だったという[6]。隣接する恵美酒町と共に盛り場として栄え、姫路藩家老河合道臣(寸翁)が建てさせた料亭(藩御用商人の接待所)や藩用宰舎(監獄、勤王志士河合宗元らが姫路藩佐幕派による弾圧「甲子の獄」によって獄死した場所)があった[6][7]。
明治時代に陸軍第10師団が設置された際には、歓楽街となっていた西魚町付近に遊郭を設置する案があったが、最終的に野里梅ヶ枝町へ設置されている。芸者の養成・斡旋をおこなう検番が設置され、地元の城南小学校出身者以外を募集していた[7]。
1945年7月3日の姫路空襲で全域が被災[8]。戦後の売春防止法制定による赤線廃止と共に検番も縮小、バーやキャバレーといった形態の店舗が増加する[7]。
1983年(昭和59年)の戦災復興事業による区画整理に伴う町域変更により、西魚町は魚町となって一部が塩町・福中町・西二階町・博労町となり、恵美酒町・竪町・福中町・福中内新町・西塩町の各一部が魚町に編入される[6]。
内町には魚町の前身・西魚町のほかに中魚町・東魚町もあったが、それぞれ場所が離れていて、区画整理で中魚町は亀井町・紺屋町・呉服町のそれぞれ一部に、東魚町は坂田町・大黒壱丁町のそれぞれ一部となっている(内町 (姫路市)#現存しない町名参照)。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[9]。
| 番地 | 義務教育学校 |
|---|---|
| 全域 | 姫路市立白鷺小中学校 |