坂元町 (姫路市)
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歴史
「播磨鑑(はりまかがみ)」では慶長9年(1604)城下町の町替えの際、書写山の麓の坂本より刀鍛冶の集団が移住してきたのでこの地名が付いたとされている説、及び姫山の南麓の坂下にあったからとする説があり、この2説が有力である[5]。
姫路城改修時の町割りでは福中町の北に位置し、山陽道(西国街道)筋となっていたが、寛永年間に中堀の土砂を浚渫して本町との間に置いたために通行の障害となり、その間の通行は南側の俵町・福中町を経るように変化した[5]。
明治時代には福栄座・万松座(山陽座を経てアースシネマズ姫路)などの演芸場が建ち並ぶ歓楽街となり、また大正時代には食品卸市場も開設されるが、1945年の姫路空襲で壊滅する[5]。
戦後は商店・飲食店・アパートなどの多い地域となる。1983年(昭和59年)の戦災復興事業による区画整理完工で一部が福中町となり、福中町・本町・福中内新町の一部を編入する[5]。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[6]。
| 番地 | 義務教育学校 |
|---|---|
| 全域 | 姫路市立白鷺小中学校 |