京町堀
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河川
歴史
地名の由来
大坂冬の陣の後、人口が少なくなっていた大坂に再び人を集めるための政策が取られた際、伏見城下の京町から移り住んだ商人の地であることが地名の由来とされる。
町名の変遷



江戸時代の町名は、福井町・籠屋町・家根屋町・茶染屋町・新淡路町・坂本町・小右衛門町(こうえもんちょう)・兵庫町・石津町・京町堀1 - 5丁目の京町堀川以北・両国町・雑喉場町(ざこばちょう)となっていた。
1871年(明治4年)に京町堀1 - 5丁目の京町堀川以北を北京町堀1 - 3丁目に改編。翌1872年(明治5年)に京町堀上通1 - 5丁目・京町堀通1 - 5丁目に改編。1961年(昭和36年)に京町堀1 - 5丁目に改編。1977年(昭和52年)に京町堀1 - 3丁目の現行行政地名を実施。
世帯数と人口
2019年(平成31年)3月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 京町堀一丁目 | 701世帯 | 1,010人 |
| 京町堀二丁目 | 1,068世帯 | 1,649人 |
| 京町堀三丁目 | 650世帯 | 1,007人 |
| 計 | 2,419世帯 | 3,666人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 1995年(平成7年) | 1,639人 | [5] | |
| 2000年(平成12年) | 1,540人 | [6] | |
| 2005年(平成17年) | 2,229人 | [7] | |
| 2010年(平成22年) | 3,255人 | [8] | |
| 2015年(平成27年) | 3,440人 | [9] |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 1995年(平成7年) | 845世帯 | [5] | |
| 2000年(平成12年) | 796世帯 | [6] | |
| 2005年(平成17年) | 1,525世帯 | [7] | |
| 2010年(平成22年) | 2,213世帯 | [8] | |
| 2015年(平成27年) | 2,152世帯 | [9] |
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[10]。なお、小学校・中学校入学時に学校選択制度を導入しており、通学区域もしくは隣接する校区の小学校・中学校から選択することも可能。
| 丁目 | 番 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 京町堀一丁目 |
| 大阪市立明治小学校 | 大阪市立花乃井中学校 |
| その他 | 大阪市立西船場小学校 | ||
| 京町堀二丁目 | 全域 | ||
| 京町堀三丁目 | 全域 |
