京福電気鉄道モボ301形電車

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301
301と611の併結運転

京福電気鉄道モボ301形電車(けいふくでんきてつどうモボ301がたでんしゃ)は、京福電気鉄道に在籍している路面電車車両

後の京福電気鉄道(叡山線(現・叡山電鉄)・福井支社(現・えちぜん鉄道)を含む)の車両設計の元となった「嵐電スタイル」の車両である。1971年昭和46年)に301・302の2両が武庫川車両工業(現・阪神車両メンテナンス)で製造された。

車体は前面非貫通型・15m級2扉の普通鋼製となっており、前面窓には3枚窓を採用し、新製時はポール集電であったためにポール操作のために開閉式の前面窓とした。前面窓上に前照灯を、上両側に標識灯を、右下に行先方向サボ受けを、右上にワンマン運転用のサイドミラーを装備している。京福電鉄の標準色であるダークアイボリーおよび前面窓下から側窓下にかけてダークグリーンのツートンで塗装されている。

車内ではロングシートを装備している。また、ワンマン運転導入に伴い、運転台後部に整理券発行機と運賃箱が設置されていたが、2002年7月1日の均一運賃制移行・スルッとKANSAI導入に伴い、整理券発行機は撤去され、運賃箱には路線バス同様のカード処理機が取り付けられている。

制御方式は電動カム軸式抵抗制御であり、主要機器類は主電動機として芝浦製SE129B(44.8kW)を2基、駆動装置は吊掛け駆動方式を採用、制御器は叡山線の中古品である芝浦製RPC51、台車は日立製KL15を履いている。また、四条大宮北野白梅町寄りにトロリーポールが設置されている。連結器は連結運転をとりやめていた京都市電のもの(2000形2600形で使用)を譲り受けている。

運用

1971年(昭和46年)に運転開始。1975年(昭和50年)に同年のポール集電廃止に伴い集電装置Z型パンタグラフに変更した。1990年には冷房改造されている。

嵐山本線四条大宮~嵐山間に加え、北野線北野白梅町~帷子ノ辻間の全線で運用されていたが、2018年現在では、嵐山本線での朝ラッシュや繁忙期の2両編成での運用がほとんどである。

また、2000年平成12年)に嵐山本線開業90周年を記念して、301がモボ101形103・105と共に京都嵯峨芸術大学(現・嵯峨美術大学)の学生による特別塗装が施され、「のりよしくん」と命名された(2002年頃に元の塗装に戻された)。

老朽化が進んだことなどから、2007年3月29日をもって2両とも運用を離脱し、廃車となる予定だった。しかし、京都市営地下鉄東西線二条駅 - 太秦天神川駅間と嵐電天神川駅の開業により乗客の増加が予想されることなどから、301のみ運用に復帰することとなり、車番にちなみ2008年3月1日に復活運転を行った。なお、京福は復活の理由として「鉄道ファンの皆様からの熱い復活要望」も挙げている。

廃車

302は、2007年3月29日に運用を離脱した後は西院車庫に留置されていたが、2011年3月20日に西院車庫で行われた「らんでんフェスタ」でオークションに出された[1]。しかし入札者がなかったため解体され、ナンバープレートなどの部品が2012年3月25日に西院車庫で行われた「らんでんフェスタⅡ」でオークションに出された[2]

301も2024年(令和6年)度から2028年(令和10年)度までにかけて導入されるモボ1形「KYOTRAM」による代替対象となっている[3]

その他

脚注

外部リンク

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