伊勢山 (藤沢市)
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歴史
伊勢山公園、伊勢山緑地
伊勢山公園は、神奈川県藤沢市藤沢四丁目6297番1、伊勢山の山頂東部にある市立の公園。 遊園地[3]が1927年(昭和2年)に設置されたのがもとになっている。 伊勢山公園が1951年(昭和26年)5月20日に藤沢市第1号の公園として0.87ヘクタールで供用開始され、伊勢山緑地が1957年12月28日に伊勢山公園と同じ所在地で伊勢山公園を含む4.27ヘクタールの緑地として都市計画が決定された[5]。伊勢山緑地が正式名称で伊勢山公園は通称となっている[6]。 1994年(平成6年)にはソメイヨシノの名所としてかながわの花の名所100選に選定された。
戦没者慰霊碑
1873年(明治6年)1月に徴兵令が発布されるまでは戦は武士のものだったが、官吏や有産者を優遇する免役規定があり不公平だったので農民たちは不満に思っていた。1877年(明治10年)に士族と徴兵された人々の戦であった西南戦争が勃発。伊勢山にある西征陣亡軍人之碑によれば藤沢市域から1名戦士、ほか高座郡出身者10名が戦死。徴兵制の免役規定は1889年(明治22年)に廃止され、大日本帝国憲法の第20条で兵役の義務を明文化した。日清戦争の戦死者は藤沢市域で7名判明、日露戦争の戦死者は藤沢市域で日清戦争の3倍にあたる20名が判明している[7]。
鐘楼
かつては梵鐘がここに下げられていた。明治末期の神社合祀で白旗神社に合祀された山王社のあった山王山に神仏分離令まで山王社の別当であった荘厳寺の梵鐘[8]があったが、大正時代に藤沢町立実科高等女学校の設立に伴って山王山が校地となるため伊勢山に移設された。『大藤沢復興市街図』1930年(昭和5年)には「藤沢の新十名勝」の一つ「伊勢山の晩鐘」として選定され、朝夕に時を告げる「時の鐘」として使用されたが1943年(昭和18年)の金属類回収令により供出されてしまい鐘楼のみが残る[9]。
