八郷町
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| やさとまち 八郷町 | |||||
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| 廃止日 | 2005年10月1日 | ||||
| 廃止理由 |
新設合併 石岡市・新治郡八郷町 → 石岡市 | ||||
| 現在の自治体 | 石岡市 | ||||
| 廃止時点のデータ | |||||
| 国 |
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| 地方 | 関東地方 | ||||
| 都道府県 | 茨城県 | ||||
| 郡 | 新治郡 | ||||
| 市町村コード | 08463-8 | ||||
| 面積 | 153.78 km2 | ||||
| 総人口 |
29,997人 (推計人口、2005年9月1日) | ||||
| 隣接自治体 | 新治村、石岡市、笠間市、つくば市、かすみがうら市、西茨城郡岩間町、岩瀬町、東茨城郡美野里町、真壁郡真壁町 | ||||
| 町の木 | シイ | ||||
| 町の花 | ユリ | ||||
| 他のシンボル | 八郷音頭 | ||||
| 八郷町役場 | |||||
| 所在地 |
〒315-0195 茨城県新治郡八郷町柿岡5680-1 | ||||
| 外部リンク | 八郷町 (Internet Archive) | ||||
| 座標 | 北緯36度14分46秒 東経140度11分51秒 / 北緯36.24617度 東経140.1975度座標: 北緯36度14分46秒 東経140度11分51秒 / 北緯36.24617度 東経140.1975度 | ||||
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| ウィキプロジェクト | |||||
歴史
筑波山のすぐ麓に位置するため、町域には上代からの様々な史跡・歴史が残されている。
上代期の遺跡としては、佐自塚古墳や、崇神天皇の第一子、豊城入彦命の奥津城との伝承の残る丸山古墳などが町内に存在する。
寺院関連は、親鸞の通行路であったため、親鸞が弁円という山伏に殺害されそうになり逆に弟子にしてしまった逸話を持つ板敷山大覚寺や、同じく親鸞の弟子の乗然が開いた柿岡の如来寺などがある。弁円も乗然も親鸞の直弟子24人(二十四輩)に数えられている。また、山の斜面上に舞台があり、「関東の清水寺」として有名な西光院がある。
他にも、熱烈な勤皇歌人として獄死した佐久良東雄の生家や、八田知家の八男である八田時知の築いた柿岡城の跡などがある。

1884年には、茨城・栃木・福島の急進派自由党員が蜂起し加波山に立て篭もる加波山事件が発生した。
大正時代には、高浜駅と柿岡とを結ぶ加波山鉄道が計画され実際に工事も開始されたが、軟弱地盤による工事難航や用地買収の遅延、資金繰りの悪化などにより1928年に破産、計画中止となった[1][2][出典無効]。工事が途中まで進んでいた軌道用地は現在多くが道路に転用され(通称「汽車道」)、その名残を留めている。工事に使用されていたトロッコ等の残骸の一部は1970年代頃まで恋瀬川や川又川の堤防沿いに放置されていたが、現在は撤去されている。
年表
行政
政治
経済
地域
教育
- 八郷町立
小学校
→「茨城県小学校の廃校一覧 § 石岡市」も参照
道路
数多くの峠
東方を除いて筑波山地に囲まれているため、西・南・北、各隣接自治体との間に峠が多い。
その他
- フルーツライン - 町西部を南北に走る大型農道。町内の観光スポットや観光果樹園などに容易にアクセスできることからこの名前がついた。沿線に茨城県フラワーパークがある。途中、茨城県道150号月岡真壁線、茨城県道138号石岡つくば線と重複。