公劉 From Wikipedia, the free encyclopedia 公劉(こうりゅう、生没年不詳)は、伝説的な周の先王。鞠(中国語版)の子にして、后稷の曾孫。戎狄の間で生活し、農耕にはげんだ。『詩経』大雅・篤公劉に讃えられた。慶節(中国語版)の父。 生涯 不窋(中国語版)(ふちゅつ)[1]の末年より、夏后氏[2]のもとを離れて戎・狄[3]の間に住むようになった后稷の一族は、その孫の公劉の代になり、ふたたび后稷の業を修めて農耕に務めるようになった。また、公劉は各地を巡って漆水・沮水から渭水を渡って材木を調達し、用にあてた。このため民は富んで、行く者は資材を持ち、居る者には貯蓄がありと、百姓は彼の徳になついて他国から移ってくる者も多かった。 周朝が始まったのもまさにこの時とされ、詩人が公劉の徳を思い、歌い楽しんだ[4]のもそのためだという。 脚注 [1]公劉の祖父で后稷の子。 [2]夏王朝。 [3]戎・狄はともに西方および北方の異民族。遊牧生活をしていた。 [4]『詩経』大雅の篤公劉のこと。 参考資料 『史記』(周本紀第四) Related Articles