后稷

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后稷

后稷(こうしょく)は、伝説上の王朝の姫姓の祖先。中国農業として信仰されている[1]は姫、は棄、号は稷。不窋中国語版(ふちゅつ)の父。

后稷はもともと棄[2](捨てられし者)という名であったが、農業を真似するものが多くなってきたため、帝舜が、農業を司る者という意味の后稷という名を与えたとされている。

后稷の一族は引き続き夏王朝に仕えたが、徐々に夏が衰退してくると、おそらくは匈奴の祖先である騎馬民族から逃れ、暮らしていたという。

中国神話における半神英雄の一人で、周族の伝説における人文始祖、周人の建国神話の中心的な創造者である。後世において次第に華夏の重要な祭祀神に格上げられ、農神稷神として尊ばれ、社神と合わせて「社稷」と称され、国家の象徴となった。

その出自については複数の文献に記載があり、諸説存在する。一説によれば、父は周人の礼制における最高神である昊天上帝であり、姜嫄が天帝の足跡を踏んで感応受胎したとされる。一方、『史記』においては、帝高辛の子と位置づけられている。また、『山海経』の神話体系においては、父が帝俊であるという説も存在する。

生涯

考証

脚注

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