霊王 (周) From Wikipedia, the free encyclopedia 国名 周在位期間 前572年 - 前545年都城 王城(洛邑)姓・諱 姫泄心霊王 周 第23代王 国名 周在位期間 前572年 - 前545年都城 王城(洛邑)姓・諱 姫泄心生年 不詳没年 霊王21年11月25日(前545年10月25日)父 簡王后妃 斉姜 霊王[1](れいおう、? - 紀元前545年10月25日)は、中国の春秋時代の周の王。姓は姫、名は泄心。 周の簡王の子として生まれた[2]。紀元前572年9月、簡王が死去する[3]と、霊王は即位した[2]。 紀元前568年、霊王は王叔陳生を晋に派遣して、周室が戎に圧迫されていると訴えさせた。晋は王叔陳生を拘束した[4]。 紀元前563年、王叔陳生と伯輿が政権を争ったが、霊王は伯輿に味方した。王叔陳生は晋に亡命した[5]。 紀元前561年、霊王は斉に王后を出すよう求めた[6]。 紀元前552年、晋の欒盈が成周を通過したとき、成周の西郊で略奪に遭った。欒盈が周の行人に訴えると、霊王は司徒に命じて略奪品を返還させ、欒盈を送り出させた[7]。紀元前549年、斉に郟を築城させた[8]。紀元前547年、晋の韓起と面会した[9]。 霊王21年11月25日(紀元前545年10月25日)、霊王は死去し[10]、子の姫貴(景王)が即位した[2]。 霊王の子に太子晋・王子佞夫(中国語版)・姫貴(景王)・姫還・姫姑・姫潑・姫弱・姫鬷・姫延・姫定・姫稠・姫趙車らがいたが、その多くは戦乱に巻き込まれて殺害された。 脚注 ↑ 『史記集解』周本紀所引『皇覧』によると、霊王は生まれたときから髭があり、神々しかったことから、諡を霊王としたという。 1 2 3 『史記』周本紀 ↑ 『春秋』襄公元年 ↑ 『春秋左氏伝』襄公5年 ↑ 『春秋左氏伝』襄公10年 ↑ 『春秋左氏伝』襄公12年 ↑ 『春秋左氏伝』襄公21年 ↑ 『春秋左氏伝』襄公24年 ↑ 『春秋左氏伝』襄公26年 ↑ 『春秋左氏伝』襄公28年 表話編歴周の王周の先王 后稷 不窋 鞠 公劉 慶節 皇僕 差弗 毀隃 公非 高圉 亜圉 公叔祖類 古公亶父 季歴 文王 西周 武王 成王 康王 昭王 穆王 共王 懿王 孝王 夷王 厲王 (共和) 宣王 幽王 携王 東周 平王 桓王 荘王 釐王 恵王 襄王 頃王 匡王 定王 簡王 霊王 景王 悼王 敬王 元王 貞定王 哀王 思王 考王 威烈王 安王 烈王 顕王 慎靚王 赧王 (昭文君) 中国帝王一覧 Related Articles