火葦北阿利斯登
古墳時代の豪族
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概要
- 肥後国の葦北(現在の熊本県葦北郡および八代市)の国造であった有力な首長であり(『先代旧事本紀』「国造本紀」によると、景行天皇の時代に、吉備津彦の子の三井根子命が、国造になった、とある)、
- 刑部(允恭天皇の皇后、忍坂大中姫にちなむ名代)の管理者であり、
- 靫負部(ゆげいべ)として、中央に出仕し、朝廷の親衛軍として宮廷の警備にあたる役目を負った[1]。
「阿利斯登」という名は、『日本書紀』巻第六の垂仁天皇2年の一書に登場する都怒我阿羅斯等[2]がいて、火葦北国造は
その末裔という説、または同巻第十七の継体天皇23年・24年に登場する加羅王阿利斯等[3][4]と同人物という説がある。阿利斯等はアリ(=大)、シチ(=首長)という解釈で、アリシトとは大首長の意であるという主張がある[1]。