前すすむ
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| 前すすむ | |
|---|---|
| 本名 | 上林 尊久 (うえばやし たかひさ) |
| 生年月日 | 1976年2月22日(49歳) |
| 出身地 |
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| 血液型 | B型 |
| 身長 | 168cm |
| 言語 | 日本語 |
| 最終学歴 | 和歌山県立和歌山工業高等学校 |
| コンビ名 | TOKYO COOL |
| 相方 | カンカン |
| 芸風 | 漫才、一発ギャグ |
| 事務所 | グレープカンパニー |
| 活動時期 | 1995年 - |
| 同期 |
西田幸治(笑い飯) デッカチャン ブー藤原(超新塾) など(大阪NSC15期(1995年4月)) |
| 現在の代表番組 | 前すすむの前進リップサービス |
| 配偶者 | 離婚 |
| 公式サイト | 公式プロフィール |
| 受賞歴 | |
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あらぶんちょ!年末特番 laugh is all 2018 優勝[1] 2026年快児presents大喜利ライブ@zeyoQ MVP[2] | |
前すすむ(本名:上林 尊久(うえばやし たかひさ)、1976年2月22日- )は、グレープカンパニーに所属する日本のお笑い芸人、俳優。コンビ『TOKYO COOL』のツッコミ担当、立ち位置は向かって右。
2015年7月11日、カンカンとお笑いコンビ「全力じじぃ」を結成。2019年12月にコンビ名を「TOKYO COOL」に改名[3]。
2015年9月に結成した日本の劇団、BuzzFestTheater(バズフェストシアター)のメンバー。
- B型。身長168cm。体重76.4kg[4]。特技は負けコンパ請負人・役員嗅ぎ分け特技・上司に対してタメ口になるタイミング。和歌山県立和歌山工業高等学校卒業。
- 1995年4月にピンで吉本のNSC大阪校に入学[5]。
- 1996年に始まった、笑い飯や千鳥・大悟ら所属のインディーズライブ『魚群』の立ち上げメンバー[6]。当時のコンビ名は「ヤムヤムインナーチョップ」[7]。当時の芸風はダウンタウンの影響が強いシュールな漫才スタイルだった[8]。
- 1999年、心斎橋二丁目劇場がなくなってbase よしもとができるまでの時期に、当時の東京進出のブームに乗って上京[9]。
- 東京進出後、芸能プロダクションの浅井企画に所属[10]。
- その後、周りが続々と売れていく中で、早く売れたいがために浅井企画を離れ渡辺プロダクションに移籍[11]。当時のコンビ名は「ガトリングガン」。
- 4ヶ月の渡辺プロダクションを経て、2001年にマセキ芸能社に移籍し、トリオ「こんらんチョップ」を結成[12]。アドリブが効くライブ界隈では無敵の活躍だったが、ガッチリとリハーサルを行う爆笑オンエアバトル等とは相性が合わなかった。
- 2008年10月にこんらんチョップを解散し[13]、その後は北口一樹と共に「電撃ホルモンや」を結成[14]。
- 2009年、「グーとパー」に改名。名付け親はホームチームの与座よしあき[15]。
- 2013年10月15日にグーとパーを解散、その後はピン芸人「前すすむ」としてフリーで活動[16]。
- 辞めていった芸人仲間たちからの提案で、浅井企画時代から知り合いのカンカンと2014年に『カンカン&前すすむ、全力!宮益坂!トークライブ』を始動[17]。当時のユニット名は「全力じじぃ」。
- 2015年、M-1グランプリ復活をきっかけに、7月11日の単独ライブからカンカンと正式にお笑いコンビ「全力じじぃ」を結成[18]。10月、SMAお笑い部門の立ち上げメンバーカンカンと同じくSMA所属となる[19]。その後、年末のTBSテレビ『聖夜のネタ祭!お笑いクリスマスショー!!』から本格的に頭角を現す。
- 2019年12月3日にTBSテレビ『有田ジェネレーション』の改名サミット企画で「TOKYO COOL」に改名。名付け親はネルソンズ[20]。その後、コロナウィルスにより”何にも考えずに笑いたい”という世界的な流れに合致した芸風で大ブレイク。
- 賞レース芸人が中心の事務所SMAとの方向性の違いで、2023年6月をもってSMAを円満退所しフリーで活動[21]。今までの芸歴と人脈を活かして大躍進するも、フリーのままではテレビへの新たな道がなかなか開けないことに限界を感じる。
- 2024年3月23日に異例中の異例の48歳にしてお笑い事務所グレープカンパニーに所属し[22]、今も多方面で活躍し続けている。
- 2025年4月27日に、メインパーソナリティを務める渋谷クロスFMのラジオ番組『ポジティブ ジャパン!』にて離婚したことを発表した。
- 2025年10月から正式に漫才協会所属となった[23]。