割れた卵
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| フランス語: Les Œufs cassés 英語: The Broken Eggs | |
| 作者 | ジャン=バティスト・グルーズ |
|---|---|
| 製作年 | 1756年 |
| 素材 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 73 cm × 94 cm (29 in × 37 in) |
| 所蔵 | メトロポリタン美術館、ニューヨーク |
『割れた卵』(われたたまご、仏: Les Œufs cassés、英: The Broken Eggs)は、18世紀フランス・ロココ期の画家ジャン=バティスト・グルーズが1756年にキャンバス上に油彩で制作した風俗画である。1920年にウィリアム・キッサム・ヴァンダービルトから遺贈されて以来、ニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されている[1][2]。
グルーズは、本作を1757年のサロン・ド・パリで以下の長い解説を付して展示した。「母親が、自分の召使が市場から持ってきた卵の入った籠をひっくり返した若い男を叱っている。子供が割れた卵を元通りにしようとしている (Une Mère grondant un jeune Homme pour avoir renversé un Panier d’Oeufs que sa Servante apportoit du Marché. Un Enfant tente de raccomoder un oeuf cassé )[1]。

本作は、年老いた女性が若い男を咎めている姿を表わしている。 彼は召使の籠に入っている卵を割ってしまい、彼女は落胆して床に座っている。作品は、グルーズが若い女性の処女性喪失の比喩として割れた事物を用いた多くの絵画中最初のものである[3]。
イタリアに2年滞在した後、グルーズはフランスに帰国することを決め、1757年のサロンにおいてイタリアで制作した作品を展示した。サロンで、彼の作品はジャン・シメオン・シャルダンの作品の隣に並べられた。本作は批評家から非常に称賛され[2]、そのうちの1人は、若い女性の召使の高貴なポーズは、「歴史画家の筆に匹敵する」と記している[1]。
本作はローマで制作されたが、主なインスピレーションとなったのは17世紀オランダ絵画黄金時代の画家フランス・ファン・ミーリス (1655-1657年) の同名の作品で、グルーズはその作品をエングレービングで見ていた[2]。グルーズは、実際に古代史やローマ神話に興味を持っていなかった。代わりに、彼は道徳的色合いのある近代的な主題を好んだのである。
グルーズは、日常生活を表す風俗画を制作した。1756年の春、『割れた卵』はグジュノ (Gougenot) 修道士のために描かれた。グルーズはまた、1757年2月に別の作品『ナポリの仕草』も描いたが、両作品は同じような大きさで、物語的な連続性を持つとされていた。本作では、召使が市場から持ってきた卵の籠をひっくり返した若い息子を母親が叱っているようである。一方、小さな子供が割れた卵を元通りにしようとしている[2]。
グルーズは、しばしば作品に3人以上の年齢が様々で、何かしらの問題に関わっている人物を描いたが、そのうちの1人はほかの人物たちの行動に反応している。本作の場合、その1人の人物は子供となっている。悲しそうな召使の表情と陰鬱な子供の様子から、卵以上のものが失われたことは明らかなようである。18世紀の鑑賞者には、割れた卵が純潔性喪失の象徴[2]であるのは明白であったと思われる。子供がほかの人物たちに向けている視線、彼が手に持つ割れた卵、卵から床に流れ出ている中身によって、鑑賞者は召使と若者の関係について思いを巡らすことになる[4]。