北鬼江
From Wikipedia, the free encyclopedia
歴史
旧新川郡(下新川郡)道下村時代から大字として存在する。道下村時代は村役場や小学校などが設置され、事実上道下村の中心地となっていた[6]。
沿革
同地の開拓は非常に早く、魚津町の元祖の久和氏は当地の出身といわれている[5]。
- 1661年 - この頃までに本新村と北中村が北鬼江から分立[7]。
- 1834年 - 組名が設けられ、北鬼江は東加積組所属となる[8]。
- 1889年4月1日 - 町村制施行により、本新村、釈迦堂新村、北鬼江村、北中村、青島村、仏田又新村の全域と仏田村、岡経田村、下村木村の一部を合併して道下村成立[9]。村役場が北鬼江に設置された。[6]。
- 1892年 - 啓達尋常小学校(現在の魚津市立道下小学校)を設置[6]。
- 1907年 - 村を縦貫する浜街道(1885年開通)が県道に指定される[6]。
- 1930年 - この頃の大字は、北鬼江、本新(現在の本新・本新町)、村木、釈迦堂、高畠、北中、青島、仏田、仏又、岡経田の計10[9]。
- 1952年4月1日 - 魚津市に編入。北鬼江を含めて村内の大字は魚津市の大字に継承。その後、大字の表記は使用されなくなる[6]。
- 1969年5月1日 - 一部が区画整理された緑町、本新町の各一部となる[6]。
- 1975年6月1日 - 一部が区画整理された北鬼江一丁目の一部となる[10]。
- 1996年3月6日 - 北鬼江のうち、魚津駅西地区が釈迦堂、本新の各一部と合併して北鬼江二丁目に改名[11]。
