上村木
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当地一帯はかつて村木と称していたが、のち2分され東側を上村木、西側を下村木と称するようになった。近世は新川郡加積郷所属、加賀藩領であった。1876年の地租改正の際に公式に上村木村となった。1889年に一部が下新川郡魚津町に『上村木町』として編入し、残余は同郡加積村の大字となった[5]。1952年4月1日以降は魚津市の所属となった[6]。
北陸街道沿いに位置していたことから、明治期に乗合馬車、1930年 - 1931年頃に乗合バスの基地となった[5]。かつて農業地域が主であったが、旧魚津町の延長線上にあったため、第二次世界大戦の後に急速に発展、商店街、住宅街となっていき、町内の区画整理も進められた[6]。
1975年6月1日に実施された第4次住居表示により上村木、村木、下村木、釈迦堂、吉島の各一部が合併して上村木一丁目が成立し[7]、1981年3月10日に実施された第6次住居表示により上村木一丁目に上村木と大字上村木町の各一部が編入され、吉島、上村木、相木、大字下村木町の各一部が合併して上村木二丁目が成立し[8]、現在に至る。