国民進軍歌
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1940年(昭和15年)、大阪毎日新聞、東京日日新聞は、国民に蹶起を呼びかける歌の懸賞公募を行った。1940年(昭和15年)6月1日から20日にかけて募集され、2万2792通[1]の応募の中から、尼崎で鉄道員をしていた下泰(本名:光元篤之介)の詞が選ばれ、同年7月1日に発表された。作曲も3926通[2]の応募の中から岡山市の学校教員松田洋平の曲が選ばれ、同年8月15日に発表された。吹き込みは、A面「国民進軍歌」徳山璉、四家文子、柴田睦陸、中村淑子、B面「みんな兵士だ弾丸だ」楠木繁夫、柴田睦陸、由利あけみによって吹き込まれた。なお、1942年(昭和17年)には、同じく軍事保護院の選定で、「少国民進軍歌」(歌:霧島昇)という歌が制作されている。
また、海軍軍楽隊の斉藤丑松がこの曲をトリオに入れた行進曲「国民進軍歌」を作曲している。
高校野球入場行進曲
この曲は翌年の選抜高等学校野球大会入場行進曲に選ばれている。
脚注
- ↑ 倉田喜弘『日本レコード文化史』東京書籍(東書選書 124)、1992年、204頁。ISBN 4-487-72224-1。
- ↑ 倉田喜弘『日本レコード文化史』東京書籍、206頁。
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