大陸行進曲
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製作
1938年(昭和13年)、東京日日新聞、大阪毎日新聞は「大陸進出の大使命」をテーマにした作品を募集した。9月10日から30日に間に募集され応募数21000通の中から鳥越強の詞が選ばれ中支那派遣軍の軍楽隊が作曲した。ちょうど日本軍が武漢三鎮を攻略した頃の10月15日に発表された。
吹き込みにはビクターの人気歌手が動員された。神田今川橋のビクタースタジオではなく、赤坂溜池の三会堂ビル最上階講堂を使用している為に残響が豊かで立体的な音である。伴奏は日本ビクター吹奏楽団と表記されているが、間奏部分の金管楽器の演奏技量・関係者の遺品レコード(内藤清五と斉藤丑松)・藤原義江盤(1939年5月5日録音、7月5日発売、ビクター週間夏季傑作特輯盤)の伴奏と比較すると、海軍軍楽隊の隊員が主体の可能性が高い。
この歌の成立には、評論家の大宅壮一が関係しており、当時東京日日新聞の社友として南京に駐在していた彼は、この方面に展開していた中支那派遣軍軍楽隊に作曲を依頼し、完成した作品を東京の本社に送信するなどした。
関連項目
- アームズラリー - 2007年放送の短編テレビアニメ。大陸行進曲が主題曲として用いられているほか、最終話のサブタイトルも曲名から引用されている。
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