こんにちは赤ちゃん

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こんにちは赤ちゃん(こんにちはあかちゃん)は、1963年(昭和38年)にリリースされた歌謡曲。また、それをモチーフにした映画作品(2作品存在する。詳細後述)、およびテレビドラマ(詳細後述)。

シングル収録曲

「こんにちは赤ちゃん」
梓みちよシングル
初出アルバム『こんにちは赤ちゃん / 梓みちよ第二集』
B面 いつもの小道で
リリース
規格 7インチシングル盤
ジャンル 歌謡曲
時間
レーベル キングレコード
作詞 永六輔
作曲 中村八大
梓みちよ シングル 年表
ヘイ・ポーラ
(1963年)
こんにちは赤ちゃん
(1963年)
ダンケ・シェーン
(1964年)
視聴
こんにちは赤ちゃん
キングレコード提供のYouTubeアートトラック
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歌唱:梓みちよ、作詞:永六輔、作曲:中村八大

作曲者・中村の第一子生誕をヒントに永が作詞した作品である。本来はそのエピソードから永がパパの心情を歌詞にして、中村にプレゼントした曲であった[1]。永は自身のコンサートや、後年テレビ朝日の『題名のない音楽会』に出演した際などに、「パパの心情版」のこの曲を歌っている。歌詞は、セシル・ソヴァージュの詩『こんにちは赤ちゃん』を換骨奪胎して作られたもの[2]

1963年7月6日NHKテレビの人気番組『夢であいましょう』の今月の歌コーナーにて紹介された。原曲は上記のとおりパパの心情の歌詞であるが、歌手が女性であることなどから、ママの心情に置き換えた[3]

譜面の視聴者プレゼントへ週に1万通を超える応募が殺到する[4]などの以後の大反響から同年11月1日キングレコードよりシングルレコードが発売[注 1]されると、100万枚を超える[5](120万枚[6]とも)空前の大ヒットとなり、梓は本曲で同年の第5回日本レコード大賞を受賞。発売後2ヶ月での大賞受賞は史上最短記録となった。また第14回NHK紅白歌合戦にも本曲で初出場を果たす。

翌1964年には、5月に東京・文京区の椿山荘で開かれた学習院初等科同窓会に招待され、昭和天皇の御前でこの歌を披露した。明治時代以降において日本芸能界初の天覧歌謡曲となる。また、第36回選抜高校野球大会開会式入場行進曲に使用された。坂本九の「スキヤキ」の世界的ヒットの直後ということもあり、同じ作詞・作曲者であるこの曲も、同年英国デッカ・レコードを通じ梓のバージョンが日本語のまま世界に向けて発売された[注 2]

1960年代半ば、この曲は日本に近いこともあり当時のソ連極東の住民の間で非常に人気があった[要出典]

1992年6月10日、作曲した中村が61歳で死去。同年の第43回NHK紅白歌合戦で、梓は16年ぶり11回目の出演を果たし、中村を偲んで本曲を披露した。

2006年平成18年)に文化庁日本PTA全国協議会が「日本の歌百選」に選定した[7]

日本テレビバラエティーぐるぐるナインティナイン』の名物コーナー『ゴチになります!』のクビレースでナインティナイン矢部浩之2013年のパート14でクビになった際に『散り際の曲』として使われたことがある。ちなみにパート16の最終戦でも選択したが、無事に残留したために使われなかった。(江角マキコがクビになりエレファントカシマシの曲が使われたため)

後年の再発売CDでは、カップリングに清純派からのイメージチェンジ後の代表曲である「二人でお酒を」が収録されることがある。

  1. こんにちは赤ちゃん(2分21秒)
    歌:梓みちよ
  2. いつもの小道で(2分25秒)
    歌:梓みちよ、田辺靖雄

カバー

こんにちは赤ちゃん

映画作品

テレビドラマ

脚注

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