Wikiwand AI

埼玉県立浦和西高等学校

埼玉県さいたま市にある高等学校 From Wikipedia, the free encyclopedia

埼玉県立浦和西高等学校(さいたまけんりつ うらわにしこうとうがっこう)は、埼玉県さいたま市浦和区木崎三丁目にある公立高等学校。通称は「西高」(にしこう)。全日制課程に普通科を設置している。県内公立校としては数少ない私服校。

過去の名称 埼玉県立浦和第二高等女学校
埼玉県立浦和第二女子高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 埼玉県の旗 埼玉県
校訓 自主自立
概要 埼玉県立浦和西高等学校, 過去の名称 ...
埼玉県立浦和西高等学校


(浦和西高校正門前)
北緯35度53分23.4秒 東経139度39分13.9秒
過去の名称 埼玉県立浦和第二高等女学校
埼玉県立浦和第二女子高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 埼玉県の旗 埼玉県
校訓 自主自立
設立年月日 1934年
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学校コード D111210000254 ウィキデータを編集
高校コード 11117B
所在地 〒330-0042
埼玉県さいたま市浦和区木崎三丁目1番1号
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
テンプレートを表示
閉じる

概要

県立校では数少ない私服校として人気が高く、平成21年度の入試では、前期で約7.1倍、後期で約2.0倍と、県内最高の倍率を記録した。 また、令和6年度の入試では10月で2.08倍、最終倍率が1.43倍と高倍率を維持している。

大学進学志望者が多い進学校で、2014年度は国公立大学に56名、早稲田大学・慶應義塾大学に25名、学習院大学・MARCHには211名が合格している[1]。

校名

旧浦和市北東部にありながら校名を「浦和西」とするのは、前身である浦和第二高等女学校ならびに浦和第二女子高等学校が旧浦和市の西部である別所(校歌の3番に鹿島台の地名も載る)にあり、共学化の際に浦和西高等学校と改称したため。現在の埼玉大学教育学部附属中学校の敷地に間借りする形で同居し、校地が手狭であったことを解消するために、1956年に現在地(さいたま市浦和区木崎)に移転するにあたって「埼玉県立浦和北高等学校」と校名の変更が検討されたが、既に「西高」という校名が定着しているという判断で校名を引き継ぐはこびとなった。

沿革

  • 1934年(昭和9年) - 埼玉県立浦和第二高等女学校として埼玉女子師範学校に併設され、開校する。
  • 1948年(昭和23年) - 学制改革により、埼玉県立浦和第二女子高等学校とする。
  • 1950年(昭和25年) - 校名を埼玉県立浦和西高等学校に改称、男女共学化。
  • 1951年(昭和26年) - 「東雲」第1号が発刊される(文芸部の部誌として発刊、後に生徒会誌に)。
  • 1952年(昭和27年) - 第一回西高祭を体育祭と併合で開催。
  • 1953年(昭和28年) - 校旗制定。
  • 1956年(昭和31年) - 校舎を浦和市下木崎皇山に移転。サッカー部、第35回全国高等学校蹴球選手権大会で優勝(翌年の第36回大会にも出場するが準決勝戦で敗退)。
  • 1958年(昭和33年) - 生徒会歌が作られる。
  • 1959年(昭和34年) - 開校記念日を6月1日に制定。
  • 1960年(昭和35年) - 生徒会旗を制定、スクールカラーを濃緑色と決定する。
  • 1967年(昭和42年) - 第二グラウンド完成。
  • 1969年(昭和44年) - バリケード封鎖事件[2]。 
  • 1970年(昭和45年) - 50 mプール(の下に部室)、宿泊施設完成。
  • 1971年(昭和46年) - 実験的私服完全自由期間を設置。
  • 1975年(昭和50年) - 体育館・格技場竣工。
  • 1979年(昭和54年) - 部室棟落成
  • 1982年(昭和57年) - 第二グラウンド整備工事完了。
  • 1984年(昭和59年) - 創立五十周年、記念誌発行。
  • 1986年(昭和61年) - 五十周年記念館(食堂兼ミーティングルーム)竣工、軟式野球部県大会、関東大会優勝、全国大会出場。
  • 1997年(平成9年) - 埼玉県の防災拠点施設として合宿所兼格技場完成。
  • 2010年(平成22年) - 埼玉県教育委員会「進学指導重点推進校」指定。
  • 2020年(令和2年)2月 - 新型コロナウイルス感染症対策として臨時休校が始まる[3]。
  • 2023年(令和5年)9月 - 文化祭開催を機に新型コロナウイルス感染症が生徒間で拡大。一時的に学校閉鎖に至った[4]。
  • 2024年(令和6年) - 創立九十周年記念式典を行う。第一グランドの人工芝化完了[5]

校訓・校風

  • 自主自立(自ら考え、行動する)
  • 文化祭や体育祭(西高祭)などの学校行事は全て生徒に運営が任されている。
  • 校則は存在せず、必要最低限の決まりを定めた生徒準則が存在する。
  • 生徒のほとんどが私服で通学しているが、他校の制服を私服として着用し通学する生徒もいる。
  • ただし、西高の公式の文章においては「自由」という文字は記載されていない。

教育方針

日本国憲法・教育基本法の精神に則り、下記を同校の教育目標とする。 自主自立の精神と豊かな知性と情操を養い、心身ともに健全なる社会人の養成を期する。この教育方針は旧教育基本法のもとで制定され、安倍政権の際に教育基本法が改正されたが、西高の教育方針における「教育基本法の精神に則り」の一文に関しては、特に変更はされていない。

  • 個人の尊厳を重んじ、才能と特性に応じて個性の確立をはかる。
  • 男女両性の特質を生かして、共学の実をあげる。
  • 人間相互の信頼関係を深く理解させる。

学校行事

「西高祭(体育祭、文化祭)」と予餞会(三年生を送る会)、卒業式(第2部)、球技大会が主な行事である。いずれも生徒会の予算執行が成立しなければ開催されず、生徒会が発足しない場合は全ての行事が凍結される。また学校主催の行事として、秋季に行われる強歩大会(現在はマラソン大会)、冬季休業中に開催されるスキー学校(現在は行われていない)、2年次の修学旅行がある。なお新入生に対するオリエンテーション(新オリ)は学内の有志者によって主催される。さらに、新入生へ図書館の利用方法を教える図書館オリエンテーションでは教員ではなく図書委員会の生徒自身が行うという伝統がある。

  • 文化祭はステージ発表が行われる開会セレモニーで始まり、一般公開が行われ、AF(アフターフェスティバル)と呼ばれる後夜祭で終わる。
  • 体育祭はくじで決められた各学年1クラスづつの3クラスで連をつくり開催され、連ごとの対抗戦が行われる。連ごとにTシャツや応援パフォーマンスを作成する。
  • 卒業式は学校が主催し卒業証書授与等を行う第1部の次に、卒業生によって組織された卒2実行委員会が主催しバンド演奏や演劇といったステージ発表が行われる第2部が行われる。この第2部は部活や愛好会・有志者による後輩へのメッセージといった趣が強い。
  • かつての強歩大会は、男子は行田市からさいたま市の西遊馬公園までの約35 kmを、女子は鴻巣市からさいたま市の西遊馬公園までの約25 kmを走ったが、2007年から男女とも森林公園を10 km走り、大会名称はマラソン大会となった。2021年から埼玉スタジアムで開催されている[6]。
  • 修学旅行先は概ね3カ所程度の候補地の中から生徒による人気投票で決定されていた。過去においての候補地としては北海道、京都・大阪・神戸・広島、北九州一帯、長崎、沖縄などがあった。特に、西高は伝統的に平和教育を重視しているため、広島や長崎や沖縄へ行くことが多い。なおクラス単位で細かい行き先が違うことが多い。
  • 西高は伝統的に平和教育を非常に重視しており、社会科見学においては第五福竜丸や丸木美術館などを訪問し、校外からは市民活動家などを講師として招聘したり、校内における図書館においては「朝日新聞」や「沖縄タイムス」などを定期購読し、最後の最後まで校内における「日の丸」の掲揚ならびに「君が代」の斉唱に抵抗をしていた。

生徒会組織

生徒会は、会員(在学する生徒全員を指す)の自主的活動により学園生活を充実し、協力と愛校の精神の高揚に努め、個人としてまた公民としてのよき資質を養うことを目的とし、三権分立の考え方に則り、議決機関(立法)である生徒総会、その代行機関である中央委員会、執行機関(行政)である本部、その下に属する専門委員会に加えて、審査機関(司法)である審査委員会が存在する。生徒会則に従った(他校の生徒会活動と比較して)厳格な生徒会運営がなされ、生徒会役員が定員数に満たない場合は「凍結」という事態もありうる。

施設

夜間照明が設置された第一グラウンド(サッカーグラウンド)、野球場・ラグビー場・テニスコート等が設置されている第二グラウンド(通称「裏グラ」)、体育館と公式大会使用可の50 mプール(現在は故障のため使われていない)を持つ。また合宿所兼格技場と部室棟、茶室と視聴覚室が設置された特別教室棟、ミーティングルームと購買・食堂の設置された五十周年記念館などがある。そのほかに正門から正面玄関まで続く通称「遅刻坂」「西校坂」、校舎裏と第二グランドを結ぶ「地獄坂」、かつてテニスコートがあった中庭である「万葉の庭」がある。また、正門から体育館横の裏門を結ぶ道は解放されていて近所の方がよく通っている。

また、西高の公式の施設ではないが、西高のすぐ近くに「果林」という軽食やお菓子などを販売する店舗があり、生徒たちが頻繁に利用している。さらに、かつては「ナンガサンド」や「西高うどん」や「日幸堂」という店舗も西高の近所に存在したが、現在は廃業している。

魅力

図書館には卒業生作品や人気漫画が多く置いてある。

同窓会

  • 西麗会

アクセス

  • JR与野駅東口より徒歩20分(与野駅から西高までの道路は、西高の教職員や生徒だけではなく地域の人たちからも「西高通り」と呼ばれている)
  • JRさいたま新都心駅よりバス。徒歩の場合25分。
  • JR北浦和駅より徒歩約25 - 30分。

著名な卒業生

政治・経済
マスコミ・放送
文化
研究
スポーツ

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks