与野駅
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歴史
- 1906年(明治39年)4月16日:日本鉄道本線の浦和駅 - 大宮駅間に大原信号所が開設される[2]。
- 1906年(明治39年)11月1日:鉄道国有法により国有化。
- 1909年(明治42年)10月12日:線路名称制定により東北本線の所属となる。
- 1911年(明治44年):旧与野町民の請願活動の結果もあり、第27帝国議会にて大原信号所を拡張して駅を設置する旨が可決される[3][4]。
- 1912年(大正元年)11月1日:與野停車場が開業[5][2]。この際、与野町民への便宜を図るという開設目的により、与野町に面する西側のみに改札口を設けた。
- 1949年(昭和24年)6月5日:貨物の取り扱いを廃止[8]
- 1951年(昭和26年)9月1日:車扱い貨物の取り扱いを開始[9]
- 1958年(昭和33年)11月24日:東口を開設[10][11]。
- 1959年(昭和34年)
- 1960年(昭和35年)1月20日:橋上駅舎化[13]。
- 1970年(昭和45年)5月1日:荷物扱い廃止[2]。
- 1973年(昭和48年)4月1日:武蔵野線貨物支線が開業[14]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅となる[2]。
- 1992年(平成4年)12月3日:自動改札機を設置し、使用開始[15]。
- 2001年(平成13年)11月18日:ICカード「Suica」の利用が可能となる[16]。
- 2013年(平成25年)
- 2020年(令和2年)12月9日:スマートホームドアの使用を開始[18]。
駅構造
島式ホーム1面2線を有する[1]地上駅で、橋上鉄道駅を持つ。京浜東北線上下線の西側には、東北本線の旅客線の複線と貨物線の複々線(東北貨物線の間に武蔵野貨物線)、西端に大宮操車場の引き込み線が3線あり、規模の大きい駅になっている。
JR東日本ステーションサービスが駅管理を受託するさいたま新都心駅管理の業務委託駅[17]。みどりの窓口は2013年4月23日をもって営業を終了した。自動改札機、指定席券売機が設置されている。
改札口正面にNewDays、VIEW ALTTEとみずほ銀行ATMがある。
のりば
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | 北行 | 大宮方面[19] | |
| 2 | 南行 | 上野・東京・横浜・磯子方面[19] |
- 改札口と自動券売機(2021年6月)
- ホーム(2021年6月)
- 1939年当時のホーム
発車メロディ
2007年(平成19年)10月1日から、1番線の発車メロディにさいたま市歌『希望(ゆめ)のまち』が使用されている[20]。また、2番線ではJR東日本自社管理の発車メロディが使用されている[21]。
| 1 | 希望のまち | |
|---|---|---|
| 2 | JRE-IKST-007-02 |
利用状況
駅周辺
西口
旧与野市の本来の中心市街地は、本町通り(現在の埼玉県道165号大谷本郷さいたま線)沿いにあり、当駅は約1.5キロメートル離れて設置された。このため、駅と市街地をつなぐ埼玉県道119号与野停車場線(駅前通り、与野停車場通り)は、大正時代から市街との往来で栄え、昭和には京浜東北線の駅として都心と直結、国道17号も開通し、西口側には複数の商店街が構成され、付近は住宅地となった。
1985年の埼京線開業により、与野駅を利用する旧与野市民は減少した。1980年代以降は、大宮駅や浦和駅周辺に大規模な商業ビルが開業し、2000年代のさいたま新都心街開きにより、以前からあったものも含め大型商業施設が当駅5km圏内に集中するようになった。これらの環境の変化により、与野駅前通り沿いを中心に空洞化が進み、祭事以外は人の流れは少ない状況である。
毎年7月の中旬の土日に「与野夏祭り」が行われ、駅前商店街が夜の9時まで通行止めとなる。また10月には、与野駅開業80周年を迎えた1991年(大正80年にあたる)より、与野駅西口商店街主催(旧与野市側が後援)で、大正時代の賑わいや風俗を再現する「大正時代まつり」(当初は「大正時代浪漫まつり」)が、与野駅前通りを中心に催されている。
区画整理事業
1960年代より埼玉県による土地区画整理事業が策定されていたが、当初は地権者の反対が強く停滞していた。1980年代に埼京線開業や新都心計画などの環境変化があり、1990年代から再開発組合による本格的な開発が進んだ。区画整理と再開発を同時に行っており、再開発は2003年に完了したが、区画整理は継続中である。
- 1996年 - 西口駅前(正確には旧浦和市内)に、14階建て高層マンション「グランデュオ」北街区・南街区が竣工(野村不動産分譲)。
- 2001年春 - 「グランデュオ」南北二棟の中間に、ロータリー、公衆トイレを配した交通広場が完成。
- 2001年9月 - 超高層マンション「シティーマークタワー21」(21階建て、伊藤忠都市開発分譲)、「埼玉県国保会館」(12階建て、埼玉県国民健康保険団体連合会と戸田競艇場運営団体の埼玉県都市競艇組合が入居)竣工。
- 2003年3月 - 超高層マンション「スカイレジデンシャルタワー(ノースタワー・サウスタワー、住友不動産分譲。さいたま市下落合コミュニティセンターが入居)竣工。
- 2003年秋 - 埼玉県道119号与野停車場線の駅前 - 国道17号与野駅入口交差点間の道路拡幅と周辺整備が完了。
その他周辺施設
- 北側
- 西側
- 南側
北浦和方面への線路沿いは、中層の集合住宅が所狭しと並んでいる。
- フレスポ与野(2007年開業、鉄道敷地隣接部に建設)
- 大阪王将フレスポ与野店
- こくみん共済 coop 埼玉推進本部(埼玉県労働者共済生活協同組合)
- こくみん共済 coop 共済ショップさいたま店
- 日本通運埼玉支店
- テクノシティ浦和 - 法人やシステムインテグレーターの本社/データセンター/バックオフィス用途の施設である。
- さくら浦和ビル(AGS(旧あさひ銀総合システム)、以前はさくら情報システムが入居)
- 太陽生命 浦和ビル(T&D保険グループが入居)
- 浦和テクノシティビル(住友生命が所有)
- スポーツクラブルネサンス浦和店
- 彩の国すこやかプラザ
- さいたま市立常盤中学校
- さいたま市立常盤北小学校
東口
東口は埼玉県道164号鴻巣桶川さいたま線(旧中山道)が直近を通り、放射状に一戸建て・中小規模の集合住宅と商店が建ち並んでいる。東口は浦和区内だが、最寄駅が当駅であるため、コンビニエンスストアなどで店名を「与野店」としている店舗もある。駅前広場がなく狭いため、駅前広場を整備する都市計画が決定しており、2009年より地権者に立ち退きを要望しているものの理解を得られておらず[23]、未だ整備されていない。
- 埼玉県立浦和西高等学校
- さいたま市子ども家庭総合センター(あいぱれっと)
- 浦和上木崎郵便局
- 日新火災海上保険 さいたま本社
- さいたま市水道局
- 東日本銀行 与野支店
- 埼玉県道120号上木崎与野停車場線(西高通り) - 駅から東(緑区・浦和木崎)方面へ伸びている。
- 埼玉県道35号川口上尾線(産業道路)

