大幸
名古屋市東区の地名
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地理
歴史
西春日井郡大幸村を前身とする。
町名の由来
由来は複数説ある[2]。当地が矢田川畔であることから「大河」が転じたとも、近くの「醍醐森」の森が省かれ転じたとも、南にあった上野村が狩りの好適地であり山の幸が豊かであった、すなわち「大幸」(おおさち)であったのを戦国時代に音読するようになったともいう[2]。また、森を離れた場所を意味するという「タイコ」なるアイヌ語に由来するとする説もある[3]。
沿革
- 1889年(明治22年)10月1日 - 合併に伴い、西春日井郡六郷村大字大幸となる[4]。
- 1921年(大正10年)8月22日 - 合併に伴い、名古屋市東区大幸町となる[4]。
- 1935年(昭和10年) - 現在の大幸南一丁目にあたる一帯に三菱重工業の工場が設置され、以降農村からの脱却が進むこととなる[5]。
- 1943年(昭和18年)8月10日 - 矢田町との間で境界を変更する[4]。
- 1944年(昭和19年) - 軍需産業の発達に伴い航空機製造の一大拠点となっていた一帯が、名古屋大空襲により壊滅する[5]。
- 1984年(昭和59年)
- 1987年(昭和62年)11月24日 - 大幸町を廃止し、大幸一丁目から同四丁目を編成[4]。同時に住居表示を実施する[4]。また、大幸一丁目から同三丁目には矢田町の一部を編入している[4]。
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 10]。また、公立高等学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[WEB 11]。
| 丁目 | 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|---|
| 大幸一丁目 | 全域 | 名古屋市立矢田小学校 | 名古屋市立矢田中学校 | 尾張学区 |
| 大幸二丁目 | 全域 | |||
| 大幸三丁目 | 全域 | |||
| 大幸四丁目 | 全域 |
