車道町
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歴史
江戸前期までは愛知郡古井村の一部であったといい、名古屋新田の畑地も散在していたという[6]。元禄年間から町家の開発が行われ、名古屋城下の町となった[6]。
町名の由来
江戸期に「車道筋」と称されていたことによる。建中寺から南に約1kmに及ぶ地域を指した[7]。 徳川光友の隠居所を建てる際に東山から石や樹木を運ぶ車が頻繁に往来した道筋であったためという説、江戸に建中寺で行われた葬儀の際に供養品などを車に載せて裏門から運んだ道筋であったためという説、『小栗判官物語』の主人公である小栗判官を乗せた車が通った道筋であったためという説などがある[7]。
当地の東には武家屋敷が立ち並んでいたという[7]。
行政区画の変遷
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[10]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[11]。
| 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|
| 全域 | 名古屋市立筒井小学校 | 名古屋市立あずま中学校 | 尾張学区 |
施設
- 黒門公園