大正町 (境港市)
From Wikipedia, the free encyclopedia
歴史
1835年、鉄山融通会所が設置される。1926年5月、境町では旧来の地字を廃し、改めて大字21町を新設する行政区画改正を実施。大正時代に国鉄境駅がこの土地に移転新設され、駅前地区が整備され「大正町」が新設される。表記の方法は、大字の文字は表記せず、「境町大正町」となる。
1945年、大正町の岸壁で陸軍の軍用船「玉栄丸」が突如大爆発を起こす(玉栄丸爆発事故)。町内住宅はほとんど倒壊・焼失する[4]。戦後は戦災地区の指定を受け、昭和20年代に区画整理事業が実施され、再建される[4]。
1954年に境町が周辺の渡村・外江町・上道村・余子村・中浜村と合併して境港町となり、境港町の大字「大正町」となる。1956年、市制施行に伴い境港市の町名「大正町」となる。
遊亀町
遊亀町(ゆうきまち)は1871年から1887年の境町の町名で、現在の大正町海岸部の一画にあたる[4]。境町の市街地西郊外の海岸を埋立造成した遊廓地で、10数戸の置屋が開業し、劇場亀遊座も開設された[4]。明治初年の戸数22・人口78である[4]。
