松ヶ枝町 (境港市)

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松ヶ枝町
松ヶ枝町を通る水木しげるロード
松ヶ枝町を通る水木しげるロード
松ヶ枝町の位置(鳥取県内)
松ヶ枝町
松ヶ枝町
松ヶ枝町の位置
北緯35度32分46秒 東経133度13分42秒 / 北緯35.54611度 東経133.22833度 / 35.54611; 133.22833
日本の旗 日本
都道府県 鳥取県の旗 鳥取県
市町村 境港市
人口
2025年(令和7年)8月31日現在)[1]
  合計 75人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
684-0005[2]
市外局番 0859[3]
ナンバープレート 鳥取
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松ヶ枝町(まつがえちょう[4])は、鳥取県境港市町名郵便番号は684-0005[2]境港郵便局管区)。

町名の由来

松ヶ枝町は、1870年9月から1887年8月に至るまでの境町の町名で、もとは境村の一部だった。地内には江戸期より続く光祐寺があった[4]

1887年8月、境町の小町はいったん廃止され、単に「境町」とのみ呼称したが、1926年5月再び境町の大字松ヶ枝町」として設定された。表記の方法は、大字の文字は表記せず、「境町松ヶ枝町」となった。明治初年の戸数・人口は1丁目227・840、2丁目81・289、3丁目53・207、4丁目42・163[4]

1935年の桜町大火で町域東部が羅災した[4]1945年玉栄丸爆発事故では全町域が焼失した[4]。第2次大戦後、商店街に変化した[4]1965年には歩道アーケードが架設された[4]

1954年に境町が周辺の渡村外江町上道村余子村中浜村と合併して境港町となり、境港町の大字「松ヶ枝町」となった。1956年、市制施行に伴い境港市の町名「松ヶ枝町」となった。

『境港市史 下』によると、「町の繁栄を願う佳名とも考えられる。また地内に『松ノ下』の地字があり、地内南端に松林帯があったことによるとも考えられる」という[5]。『角川日本地名大辞典 31 鳥取県』によると、「地内にあった古松にちなんで名付けられたとも考えられる」という[4]

世帯数と人口

2025年(令和7年)8月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

町丁世帯数人口
松ヶ枝町 45世帯 75人

人口の変遷

国勢調査等による人口の推移[4]

1955年(昭和30年) 411人
1980年(昭和55年) 314人

世帯数の変遷

国勢調査等による世帯数の推移[4]

1955年(昭和30年) 98世帯
1980年(昭和55年) 94世帯

経済

産業

1871年(明治4年)4月に記帳された『市中商売根帳』(花町面谷宏家蔵)によると、松ヶ枝町は「木綿仲買7戸、古手仲買1戸、綿仲買6戸、諸品仲買5戸、太物小間物2戸、雑穀荒物6戸、造酒株1戸、質屋2戸、宿屋3戸、船方小宿4戸、飯盛宿3戸、渡海船頭8戸、中背稼55戸、釣漁渡世9戸、鍛冶職3戸、綿打職4戸、大工職4戸、船大工職4戸、帆木綿仕出職1戸、桶屋職2戸、搗米屋6戸、刻煙草業2戸、豆腐屋1戸、蕎麦屋3戸、糀屋家業2戸、造屋2戸、焼酢屋2戸、髪結5戸、屋1戸、左官4戸、古道具屋1戸、金物類1戸、口銀師2戸、鋳懸屋1戸、米子飛脚1戸」である[6]

地域

健康

かつて松ヶ枝町に居住した医師

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[17]

番地小学校中学校
全域境港市立境小学校境港市立第一中学校

交通

鉄道

町内に鉄道駅はない。

バス

道路

施設

公共
  • 松ヶ枝町公衆トイレ
宗教

出身・ゆかりのある人物

脚注

参考文献

関連項目

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