御所市
奈良県の市
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御所市(ごせし)は、奈良県の中部に位置する市。奈良県内の市では最も人口が少ない[2]。
| ごせし 御所市 | |||||
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| 国 |
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| 地方 | 近畿地方 | ||||
| 都道府県 | 奈良県 | ||||
| 市町村コード | 29208-7 | ||||
| 法人番号 | 1000020292087 | ||||
| 面積 |
60.58km2 | ||||
| 総人口 |
21,476人 [編集] (推計人口、2026年3月1日) | ||||
| 人口密度 | 355人/km2 | ||||
| 隣接自治体 |
大和高田市、橿原市、五條市、葛城市、高市郡高取町、吉野郡大淀町 大阪府南河内郡千早赤阪村 | ||||
| 市の木 | クスノキ | ||||
| 市の花 | ツツジ | ||||
| 御所市役所 | |||||
| 市長 | 山田秀士 | ||||
| 所在地 |
〒639-2298 奈良県御所市1番地の3[1] 北緯34度27分48秒 東経135度44分25秒 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
地理
歴史
市名の由来
「御所」という地名は、16世紀(戦国時代)の文書に「御所郷」として見られる[3]。ただし、この土地をなぜ「ごせ」と呼ぶのか、なぜ「御所」と表記するのかについての定説はなく[3]、以下のような諸説が提唱されている。
古代
古代には葛城(葛城国)と呼ばれた地域の一角にあたり[7]、古代豪族葛城氏の本拠地である[8]。また、現在の古瀬も古代豪族巨勢氏の拠点であり[9]、巨勢寺塔跡などの遺跡が残る。市域には室大墓をはじめ古代遺跡も豊富であり、近年も2004年に極楽寺ヒビキ遺跡が、2009年には秋津遺跡が発見された。鴨都波神社、一言主神社、名柄神社、高鴨神社、葛木御歳神社など数多くの延喜式内社が所在する。記紀に建国神話(神武東征・欠史八代参照)とも関係しつつ記された掖上(わきがみ)という地名は御所市域の平坦部の総称とみなされており[10]、神武天皇の橿原宮について、江戸時代には柏原が有力な比定地の一つとされていた[11][12]。
郡の制度が整えられると、現在の市域の大部分は葛上郡(かつらぎのかみのこおり)に属した[13][7]。葛上郡には一時期大和国の国府が置かれたらしい[13]。古瀬付近は高市郡巨瀬郷に属したと考えられ[9]、また柳原などは忍海郡に属した。
郡の制度が整えられると、現在の市域の大部分は葛上郡(かつらぎのかみのこおり)に属した[13][7]。葛上郡には一時期大和国の国府が置かれたらしい[13]。古瀬付近は高市郡巨瀬郷に属したと考えられ[9]、また柳原などは忍海郡に属した。
中世
「御所」の地名が現れるのは16世紀である[3]。この地域には葛城川を挟んで2つの環濠集落、西御所と東御所が存在したとされる[14]。東御所は浄土真宗の寺院(現在の圓照寺)を中心とする寺内町の性格を有した[14]。
近世
関ヶ原の合戦後の慶長5年(1600年)、父の所領の一部を受け継いだ桑山元晴は、西御所に陣屋を構えて本拠地とした(御所藩)。御所の領主となった桑山元晴は、2つの集落を一体の町(「御所まち」)として整備した[14]。桑山家は寛永6年(1629年)に無嗣断絶となり、御所藩は廃藩となった。御所町は幕府領となり[15][注釈 2]、陣屋町としての機能を失ったが[14]、平坦地(奈良盆地)と吉野の山間地の中継地として、また木綿織業や絞油業が発達した[15]在郷町として繁栄した[14][15]。
市域のうち倶尸羅村(現在の櫛羅)や松本村(現在の東松本・西松本)などは、延宝8年(1680年)以降大和新庄藩永井家の所領となった[16]。永井家は定府の大名であったが、幕末期の文久の改革を受け、文久3年(1863年)に櫛羅に陣屋を設けて拠点とした(櫛羅藩)。
近代
1889年(明治22年)、町村制の施行により、現在の市域には御所町をはじめとする1町13村が編成された。1915年(大正4年)に櫛羅村など8村が合併して大正村を設立したが、それを除けば第二次世界大戦後の昭和の大合併までこの時の町村の枠組みが維持された。なお、1897年(明治30年)に郡制が施行され、葛上郡・忍海郡の範囲は南葛城郡となった。
当地は水平社運動発祥の地であり、当地出身の西光万吉、阪本清一郎、駒井喜作らが1922年(大正11年)の全国水平社創立にあたった。
1958年(昭和33年)、御所町、葛(くず)村、葛上(かつじょう)村、大正村の4町村が合併するとともに市制を施行、御所市が発足した。
2022年6月23日、大阪地方検察庁特捜部は、御所市が発注した火葬場建設工事をめぐる入札妨害事件の関係先として市役所を家宅捜索した[17] [18]。
自治体沿革
市域の変遷
| 明治22年 | 明治30年 | 大正4年 | 昭和29年 | 昭和30年 | 昭和31年 | 昭和33年 | 現在 |
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| 奈良県 | |||||||
| 葛上郡 | 南葛城郡 | 御所市 | |||||
| 御所町 | 御所町 | 御所町 | |||||
| 秋津村 | |||||||
| 掖上村 | |||||||
| 葛村 | |||||||
| 櫛羅村 | 大正村 | ||||||
| 楢原村 | |||||||
| 鎌田村 | |||||||
| 三室村 | |||||||
| 東松本村 | |||||||
| 西松本村 | |||||||
| 小林村 | |||||||
| 竹田村 | |||||||
| 吐田郷村 | 葛上村 | ||||||
| 葛城村 | |||||||
行政
経済
産業
金融機関
- 南都銀行 御所支店(大字無し・小字大広町)、掖上支店(柏原)、吉野口支店(戸毛)
農業協同組合(JAならけん)
- 御所支店(大字無し)
- 御所経済センター(豊田)
- 掖上支店(柏原)
- 秋津支店(室)
- 御所葛支店(古瀬)
- 葛城支店(五百家)
日本郵政グループ
(※2014年6月現在)
- 御所郵便局(大字無し・小字栄町) = 集配局。
- 御所大正郵便局(櫛羅=くじら)
- 御所柳田(やなぎだ)郵便局(柳田町)
- 御所寺内郵便局(大字無し・小字代官町)
- 名柄郵便局(増=まし)
- 御所掖上(わきがみ)郵便局(柏原)
- 御所葛(くず)郵便局(戸毛=とうげ)
- 御所吉野口郵便局(古瀬=こせ)
- 御所葛城郵便局(五百家=いうか)
- 秋津簡易郵便局(室)
※ 秋津簡易郵便局を除く各郵便局にはゆうちょ銀行のATMが設置されており、御所郵便局ではホリデーサービスを実施。
御所市内の郵便番号は「639-22xx」「639-23xx」(いずれも御所郵便局の集配担当)となっている。
地域
人口
| 御所市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 御所市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 御所市
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
御所市(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
- 2007年10月1日現在 : 31,255人
- 人口増加率(2002年→2007年) : -7.6%
県の施設
教育

- アザレアホール(御所市立図書館・御所市文化ホール)
高等学校
- 奈良県立御所実業高等学校(玉手)
- 奈良県立青翔高等学校※中高併設(大字無し・小字宮前町)
中学校
小中一貫校
- 御所市立葛小中学校(樋野)
小学校
交通
観光
出身著名人
政治家・官僚
経済人
医師
- 榎本住 - 幕末・明治期の女医。戸毛に記念碑あり。




