子鹿物語 (1946年の映画)

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子鹿物語』(こじかものがたり、The Yearling)は、1946年アメリカ合衆国ファミリー映画。監督はクラレンス・ブラウン、出演はグレゴリー・ペックジェーン・ワイマンなど。マージョリー・キナン・ローリングス1938年に発表した同名小説を原作とし、シドニー・フランクリンがプロデュースし、メトロ・ゴールドウィン・メイヤーテクニカラーで公開した。『仔鹿物語』との日本語タイトルが使われる場合もある。

1994年には、ピーター・ストラウスジーン・スマート主演のテレビ映画としてリメイクされた[4]

日本ではパブリックドメインDVDとして複数のメーカーから発売されており[注 3]、2021年4月1日にNHK BSプレミアムプレミアムシネマ』で字幕スーパーで初放送された[5]

キャスト

役名 俳優 日本語吹替
NETテレビ旧版NETテレビ新版NHK総合日本テレビNHK-BS2テレビ東京PDDVD
エズラ(ペニー)・バクスターグレゴリー・ペック城達也柳生博塚本信夫荻島真一森田順平咲野俊介
オーリー・バクスタージェーン・ワイマン麻生美代子市原悦子奈良岡朋子田島令子田中敦子紗ゆり
ジョディ・バクスタークロード・ジャーマン・Jr.英語版太田淑子武藤礼子大友大輔矢島晶子浅井晴美
バック・フォレスターチル・ウィルス吉沢久嘉塩見竜介小室正幸河本邦弘
パー(父)・フォレスタークレム・ビヴァンス英語版北村弘一芦澤孝臣
マー(母)・フォレスターマーガレット・ワイチャーリイ沼波輝枝瀬尾恵子
ミスター・ボイルズ
(店主)
ヘンリー・トラヴァース
レム・フォレスターフォレスト・タッカー近石真介青野武玄田哲章大塚芳忠田坂浩樹
フォダーウィング・フォレスタードン・ギフト野沢雅子内海敏彦
アーチ・フォレスターアーサー・ホール英語版[注 1]
トゥインク・ウェザビー
(オリヴァーの恋人)
ジューン・ロックハート[注 1]近藤玲子三宅華也
パック・フォレスタージョージ・マン英語版[注 1]
ミスター・レンジャーハウスリー・スティーヴンソン英語版[注 1]
ユーラリー・ボイルズ
(店の幼い娘)
ジョーン・ウェルズ[注 1]
ミルウィール・フォレスターダン・ホワイト英語版[注 1]
ギャビー・フォレスターマット・ウィリス[注 1]
ウィルソン医師チック・ヨーク[注 1]
オリヴァー・ハットー
(店主の甥)
ジェフ・ヨーク英語版[注 1]丸山壮史
その他和田啓
松島みのり
山本嘉子
大矢兼臣
香山裕
緑川稔
池田一臣
寄山弘
山本嘉子
西山連
緑川稔
石井敏郎
清川元夢
浅井淑子
坂東尚樹
相沢正輝
西凛太朗
佐々木敏
竹口安芸子
仲野裕
斎藤志郎
根本圭子
西垣俊作
小浅和大

スタッフ

製作

MGMは当初、原作者のマージョリー・キナン・ローリングスをコンサルタント兼ロケーションスカウトとして迎え、監督にビクター・フレミング、主演にスペンサー・トレイシーを起用し、1941年に製作を開始した。だが、現場では様々なトラブルがあったためトレイシーは降板。これにより、撮影開始からわずか3週間で製作は棚上げされた[9]

その後、クラレンス・ブラウンが新しい監督として雇われた後、製作は1945年に再開。改めて主演にグレゴリー・ペックを起用した。ブラウンは完璧な映画を作ることを目指したため、1シーンの平均テイク数は20~21だったという。また、熊狩りのシーンではリアリティを持たせるため、ブラウンは撮影に本物の狩猟犬を使っている[9]

撮影は、フロリダ州オカラ国有林内のジュニパープレーリー荒野で行われた。公開後、付近のハイキングコースは本作にちなんで「The Yearling Trail」と名付けられた。

小鹿の寝そべる場面の撮影時、カメラが接近しても小鹿は逃げたりしなかった。これについて、撮影が暑い時期であったため土の中に大量のドライアイスを仕込んだところ、小鹿がそこから離れようとしなくなったことから撮影に成功したという[10]

1949年、静岡国際劇場[注 4]での上映告知看板。[12]

評価

ハリウッド・リポーターは「めったに匹敵しない感情的な経験」を提供すると記した[13]バラエティでは、本作について「心温まる物語」とし、その「根底にある力は印象的」であり「アンダープレイは時々静的すぎるが、興味が遅れるのと同じように、監督は別のハイライトを注入する」と評した[14]淀川長治は、「かかる名作となると胸を張って"お家族そろってご覧ください"としゃべれる」と『日曜洋画劇場』で本作を放送したことにも触れながら評している[10]

米国とカナダで4,768,000ドル、その他の国で2,831,000ドルを稼ぎ、1946年にMGMで最も成功した映画になった。ただし、製作費用が高かったため利益はわずか451,000ドルだったという[15][16]

受賞歴

脚注

関連項目

外部リンク

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