安田亘
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大学時代
日本大学東北高等学校卒業後、3年間の社会人生活を経て1969年に大東文化大学に入学した。
4年連続で箱根駅伝に出場。
3年時の第48回箱根駅伝では2区を担当。首位で襷を受けたが、区間9位にとどまり、2km付近でトップを譲ると5位まで後退した[2]。主将を務めた4年時の第49回箱根駅伝では9区を走り、3番手で襷を受けると16.6km付近で中央大学、23km付近で日本体育大学を抜いてトップに立つ。区間賞を獲得し[3]、初の復路優勝に貢献した[4][5]。
全日本大学駅伝では1年時の第1回大会で5区区間賞を獲得[6]。4年時の第4回大会では最終8区を走り初優勝のゴールテープを切った[7]。
大学卒業後
大学卒業後はヤクルト陸上競技部に所属し、現役引退後は2007年まで同社陸上競技部の監督を務めた。ヤクルト監督時代の教え子には大八木弘明や奥山光広がいる。2013年に、陸上競技部が創部された日本薬科大学の監督に就任し[8]、2018年末に退任。同年5月には大東文化大学の選手勧誘担当に就任した[9]。