青木瑠郁
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大学時代
大学1年次
6月に開催された第38回U20日本選手権の男子5000mでは佐久長聖高校の吉岡大翔に敗れて2位だった[1]。
10月10日の第34回出雲駅伝で1区を担当し、大学三大駅伝初出場。首位の中央大と26秒差の7位で2区・山本歩夢に襷リレーした(國學院大は総合2位)。
11月6日の第54回全日本大学駅伝では5区を担当し、当時の区間記録と3秒差の35分50秒で区間賞を獲得[2]。チーム史上最高の総合2位に貢献した[3]。
2023年1月に開催された第99回箱根駅伝では1区を担当したが、区間12位にとどまった。チームは4位で5年連続のシード権を獲得した。2月の丸亀ハーフマラソンでは1時間02分02秒で35位だった。
大学2年次
6月に開催されたU20日本選手権の男子5000mでは13分59秒79で優勝を果たした[4]。
10月9日の第35回出雲駅伝では2区を担当し、調子が上がらない中で区間7位で走った(チームは総合3位)。
11月5日の第55回全日本大学駅伝では2年連続で5区を担当し、前回よりタイムを18秒落としたものの区間3位で走った(チームは総合3位)。
1月に開催された第100回箱根駅伝では3区を任される。序盤はハイペースで入ったものの、後半ではペースを落としてしまう。それでも1時間01分56秒の区間4位で走った[5]。12月にチーム内でインフルエンザが蔓延し青木を含めた主力選手の多くが感染する苦しいチーム状況に陥ったが、総合5位で6年連続のシード権を獲得した[6]。
3月に行われた第27回日本学生ハーフマラソン選手権大会で1時間02分06秒で初優勝を果たした[7]。
大学3年次
4月の世田谷陸上競技会では10000mで28分02秒00の自己ベストを記録した。
10月14日に行われた第36回出雲駅伝では1区を担当し、区間3位。チームは5区で先頭に立ち、5年ぶり2回目の優勝を果たした[8][9]。
11月3日の第56回全日本大学駅伝では2区を担当し、区間7位。チームは最終8区の上原琉翔が青学大・塩出翔太に競り勝ち、初優勝を飾った[10][11]。
2025年1月の第101回箱根駅伝では4区を担当。区間2位の快走を見せたが、青学大との差は45秒広がった。その後も青学大に後れを取り、9分28秒差の総合3位。チームとしての過去最高順位(第96回大会)に並ぶ結果となったが、史上6校目の大学駅伝三冠を逃した[12]。
3月16日のEXPO EKIDEN 2025では1区を担当し、1位と26秒差の4位で襷リレー。チームは大学勢トップとなる総合3位で表彰台入りを果たした[13]。
大学4年次
10月13日の第37回出雲駅伝では3度目の1区を担当。中盤以降に仕掛けて一時はトップを走ったが、終盤に失速し5位で襷を繋いだ[14]。チームは4区でトップに立ち、2年連続の優勝を果たした[15][16][17]。
11月2日の第57回全日本大学駅伝では7区を担当。3位で襷を受けたものの、青学大・黒田朝日に追い抜かれ4位に後退した。チームも4位に終わり、連覇を逃した[18][19]。
11月16日の第38回上尾シティハーフマラソンでは日本人学生歴代10位となる1時間00分45秒の好記録をマークし、優勝を果たした[20]。
1月の第102回箱根駅伝では1区に起用される。序盤は集団の最後方につき、一時は集団から離れる場面もあったが、徐々に前方に位置どりを変える。16.7km付近で仕掛けて集団から抜け出すと、そのまま逃げ切り区間賞を獲得[21][22]。記録は1時間00分28秒で、第98回大会に吉居大和(中央大学)が記録した1時間00分40秒を上回る区間新記録だった。また、國學院大學が先頭で中継所を通過するのは全区間を通じて初めてであった[23]。國學院大學は初優勝こそならなかったものの過去最高順位となる総合2位に入った[24][25]。
1月18日の31回全国都道府県対抗男子駅伝ではアンカーを任される。序盤から攻めた走りで兵庫・藤田大智(中央大)や岡山・池田勘太(中国電力)らと共にレースを進める。後半、序盤からのハイペースの影響もありその2人に競り負けるが、5位でゴールテープを切った。タイムは36分57秒で、区間賞と大会優秀選手賞を獲得した[26][27]。