山本吉光
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高校時代
相模原市立北相中学校、神奈川県立相原高等学校、東京農業大学出身。
中学時代はバレーボール部に所属していたが、短距離走や走幅跳、三段跳などの大会に出場していた[1]。
1年時の秋に長距離走に転向した。全国高等学校駅伝競走大会には3年連続で出場し、1年時は6区区間6位で初優勝に貢献した[2]。
大学時代
1年生で迎えた第50回箱根駅伝では3区を担当。1区で13位と出遅れたものの、2区を走った服部誠が史上初の12人抜きの快走を見せトップで襷を受ける。区間賞の走りで後続との差を広げ、大学史上初の往路優勝に貢献した[3]。
2年時の第51回箱根駅伝では再び3区を走り、区間新記録をマークした[4]。
3年時の第52回箱根駅伝は4区を走り、2年連続の区間新記録を達成。第4回箱根駅伝以来となる総合3位に入った[5]。
4年時の第53回箱根駅伝では初めて2区を走り、瀬古利彦ら有力選手を抑えて区間賞を獲得し[6]、4年連続の区間賞の偉業を成し遂げた。狙っていた総合優勝は逃したが大学史上最高の総合2位に入った[7]。
実業団
大学卒業後は株式会社ヤクルト本社に就職し、ヤクルト陸上競技部(実業団)に所属。全日本実業団対抗駅伝競走大会などに出場して活躍した。