宮浦健人

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1999-02-22) 1999年2月22日(26歳)
身長 190cm
宮浦 健人
Kento Miyaura
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1999-02-22) 1999年2月22日(26歳)
出身地 熊本県荒尾市
身長 190cm
体重 86kg
血液型 A型
高校 鎮西高等学校
大学 早稲田大学
選手情報
所属 ウルフドッグス名古屋
ポジション OP
指高 248cm
利き手
スパイク 350cm
ブロック 320cm[1]
所属歴
2021-2022 ジェイテクトSTINGS
2022-2023 PSGスタル・ニサ英語版
2023-2024 パリ・バレー
2024-2025 ジェイテクトSTINGS愛知
2025- ウルフドッグス名古屋
獲得メダル
日本の旗 日本
ネーションズリーグ
2023グダンスク
2024ウッチ
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宮浦 健人(みやうら けんと、1999年2月22日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。

熊本県荒尾市出身。8歳の頃、両親と兄の影響を受けてバレーボールを始める。

2014年、鎮西高等学校に進学。

2017年、第11回アジアユース選手権(U-19)の代表メンバーにキャプテンとして選出され、オポジットとして活躍しチームを優勝に導く[2][3][4]。なお、そのときのオポジットの控えは、1歳年下で後に日本代表のエースとなる西田有志であった[4]。その後に行われた世界ユース選手権でもチームのキャプテンとして銅メダル獲得に貢献[3][5]

同年に進学した早稲田大学では、全日本インカレ4連覇を経験した[3]

2020-21シーズン、西田が在籍するV.LEAGUE DIVISION1(V1リーグ)・ジェイテクトSTINGSの内定選手となる[3][6][注釈 1]。インカレが終わりチームに合流すると、2021年2月20日、V1リーグJTサンダーズ広島戦で早速ベンチ入りし、第1セット、西田との二枚替えでの交代出場でVリーグデビューを果たした[3][7]

2021年4月、ジェイテクトに入団。そして、同月に発表された日本代表メンバーに初選出された[8][9]ネーションズリーグの代表メンバーには招集されず東京オリンピックの代表メンバー入りもならなかったが(西田は出場)、アジア選手権の代表メンバーに、イタリアのチームに移籍する西田の代わりに招集された[10][11]。アジア選手権で日本の準優勝に貢献し、自身はベストオポジットを受賞した[12]

2021-22シーズン、ジェイテクトでも退団した西田の後を継ぎレギュラーとなり、V1でアタック、サーブ、総得点のランキングで上位に入り結果を残した[13]

2022年、日本代表としてネーションズリーグに出場[14]

同年8月、ポーランドプラスリーガに所属するPSGスタル・ニサ英語版への移籍が発表され、2022-23シーズンはポーランドでプレーした[15][16][17]

2023年、フランスリーグAに所属するパリ・バレーへ移籍した[18][19]。ポーランドでは控えに甘んじ出番が限られていたが、パリ・バレーでは主力オポジットとして活躍し勝利試合のMVPも多く受賞した[20]

2024年、ジェイテクトSTINGSに復帰[21]

2025年5月、2024-25シーズン限りでの退団が発表された[22]。6月にウルフドッグス名古屋入団が発表された[23]

人物

  • ジェイテクトSTINGSの5歳先輩である福山汰一は同じ熊本県出身で、在籍年の重なりはないが高校・大学の先輩でもある。また、宮浦と同じく2021年に日本代表に初選出された。
  • 高校3年時の2016年、熊本地震による被災で避難所生活を余儀なくされ、2023年の取材で「一番つらかった」と回顧した。被災から1か月間は学校生活が再開されず、再開後も体育館は使用できず、片道1時間以上かかる福岡県の体育館を使用。その逆境の中でも弱音を吐かず自主的に努力を重ね、練習量不足をカバーしていた(鎮西高コーチ・宮迫竜司談)。最後の春高で1回戦敗退となったときも、被災については触れず「自分が弱かったから負けた」と話した[24]

球歴

所属チーム

受賞歴

脚注

外部リンク

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