関田誠大
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| 基本情報 | |||||||||||||||||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1993年11月20日(32歳) | ||||||||||||||||||||
| 出身地 | 東京都江東区 | ||||||||||||||||||||
| 身長 | 175cm | ||||||||||||||||||||
| 体重 | 71kg | ||||||||||||||||||||
| 血液型 | B型 | ||||||||||||||||||||
| 高校 | 東洋高等学校 | ||||||||||||||||||||
| 大学 | 中央大学 | ||||||||||||||||||||
| 選手情報 | |||||||||||||||||||||
| 所属 | サントリーサンバーズ大阪 | ||||||||||||||||||||
| 愛称 | ゴリポン、セキタ、マサ | ||||||||||||||||||||
| ポジション | S | ||||||||||||||||||||
| 指高 | 224cm | ||||||||||||||||||||
| 利き手 | 右[1] | ||||||||||||||||||||
| スパイク | 324cm | ||||||||||||||||||||
| ブロック | 320cm[1] | ||||||||||||||||||||
| 所属歴 | |||||||||||||||||||||
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東京都江東区出身。実姉の影響で小学1年次より東金町ビーバーズでバレーボールを始めた[2]。東洋高等学校バレー部では、1年生からレギュラーセッター。1学年上の柳田将洋らと共に出場した2010年3月の春高バレーでは、同校を初優勝に導いた[3]。
中央大学法学部に進学[4]。バレー部(2学年下に石川祐希も在籍)で4年次には主将を務め[5]、「ミキプルーンスーパーカレッジバレー2015全日本大学選手権」では最優秀選手賞を受賞[6]。ユニバーシアード(2015年 第28回 光州大会)にも出場した[7]。
2015年12月1日、パナソニックパンサーズに内定(同期は今村貴彦と山内晶大)[8]。
2016年より、日本代表メンバーに選出される。リオデジャネイロ五輪男子世界最終予選兼アジア予選メンバーにも選出され、最後の2試合でスタメン出場した[9]。2018年の世界選手権でも出場機会を得た[10]。
2018年、堺ブレイザーズに移籍。背番号は11[11][12]。
2019年のワールドカップでは多くの試合でスタメン出場を果たしチームは4位に躍進した[13]。
2021年、東京オリンピックに出場し、チームのベスト8入りに貢献した[14]。
東京オリンピック終了後、堺を退団し、ポーランド1部リーグのクプルム・ルビンに移籍し1シーズンプレーした[15]。
2022年6月1日、ジェイテクトSTINGSへの入団が発表された。同時に、西田有志とスロベニア代表OHのティネ・ウルナウトの入団も発表された[16]。
2024年6月24日、2024年パリオリンピック日本代表選手に選出されたことが発表された[17]。
2025年5月、2024-25シーズン限りでの退団が発表された[18]。6月にサントリーサンバーズ大阪入団が発表された[19]。