小國以載
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来歴
デビュー前
中学時代はバスケットボール部に所属。3年時に部活を引退した後、漫画「はじめの一歩」を読んだのがきっかけで[1]アマチュアの赤穂ボクシングジムに通い、そこで高校時代まで中間国彰の指導を受けた[4]。神戸第一高等学校3年時にインターハイバンタム級3位となる。卒業後は芦屋大学に進学し、1・2年時に全日本選手権で3位となった[1]。
アマチュア時代は、宮崎亮に2勝1敗、高校時代に岩佐亮佑に1度負けている[5]。その後、アマチュア時代から師事する高嶋譲がVADYジムを開設したのを機にプロへの転向を決め[6]、大学を中退[1]。B級プロテスト合格。
バンタム級
2009年11月8日、プロデビューを3回KO勝利で飾る。フィリピンの名門・ALAジムやメキシコのイグナシオ・ベリスタインのもとで修業を行う[5]。4戦目ではノーランカーでありながらWBC世界バンタム級9位のシュテファーヌ・ジャモエと対戦交渉をしたものの、ジャモエが亀田和毅との対戦を優先させたため、実現には至らなかった[5]。
スーパーバンタム級
デビュー6連勝後の2011年11月3日、神戸サンボーホールでOPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者のロリ・ガスカと対戦し[7]、5回に2度ダウンを奪い12回3-0(119-109、116-111、115-111)の判定勝ちで王座を獲得した[4][8][9]。
2012年3月18日、刈谷市のあいおいホールでOPBF東洋太平洋スーパーバンタム級13位の大橋弘政と対戦し、初回に右ストレートでダウンを奪うと試合を一方的に進めたが、7回に偶然のバッティングでカットした左目付近の傷が深くなったため9回に試合終了、9回3-0(88-83×2、88-84)の負傷判定勝ちを収め初防衛に成功した[10][11]。
2012年7月6日、赤穂ハーモニーホールで元日本スーパーバンタム級王者の芹江匡晋と対戦し[12]、2回と5回にダウンを奪い[13]、12回3-0(117-110、118-110、118-109)の判定勝ちを収め2度目の防衛に成功した[14][15]。
2012年11月18日、神戸サンボーホールで元OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者およびOPBF東洋太平洋スーパーバンタム級9位のロリ・ガスカと再戦し、12回2-1(116-112、116-114、113-114)の判定勝ちを収め、1年ぶりの再戦を制し3度目の防衛に成功した[16][17]。
2013年3月10日、神戸サンボーホールでOPBF東洋太平洋スーパーバンタム級7位の和氣慎吾と対戦し、2回にダウンを奪われた上に10回終了間際に連打を浴びせられ、10回終了時に小國陣営が棄権を申し出たためプロ初黒星となるTKO負けを喫し4度目の防衛に失敗、王座から陥落した[18][19]。小國には当初から一度でも負けたら辞めるとの決意があり、試合後に引退を表明した[20]。しかし2カ月後の同年5月23日に角海老宝石ボクシングジムに移籍した上で現役を続行することを発表した[21]。
2013年10月5日、後楽園ホールで日本スーパーバンタム級4位でOPBF東洋太平洋スーパーバンタム級10位の岩﨑悠輝(新開)とスーパーバンタム級8回戦を行い、3-0(79-73×2、79-74)の判定勝ちを収め復帰戦を白星で飾った。
2014年7月28日、後楽園ホールでこの日がプロデビュー戦となったライアン・ソー・タナチョーとスーパーバンタム級10回戦を行い、4回2分26秒TKO勝ちを収めた[22]。試合後にライアンは無気力試合をしたとしてJBCからライアンを招聘禁止ボクサーとして認定した[23]。
2014年12月6日、後楽園ホールで日本スーパーバンタム級王者大竹秀典の王座返上に伴い[24]日本スーパーバンタム級2位の石本康隆(帝拳)と日本スーパーバンタム級王座決定戦を行い、10回3-0(96-94×2、96-95)の判定勝ちを収め王座を獲得した[25]。この試合の勝利により、小國は東日本ボクシング協会の2014年12月度の月間敢闘賞に選出された[26]。
2015年4月30日、後楽園ホールで日本スーパーバンタム級1位の古橋岳也(川崎新田)と対戦し、10回1-0(96-94、95-95×2)の判定で引き分けたものの初防衛に成功した[27]。
2016年12月31日、島津アリーナ京都でIBF世界スーパーバンタム級王者のジョナサン・グスマンと対戦し、12回3-0(115-112×3)の判定勝ちを収め王座を獲得した[28][29][30]。
2017年9月13日、大阪府立体育会館でIBF世界スーパーバンタム級3位の岩佐亮佑と対戦するも、6回2分16秒TKO負けを喫し初防衛に失敗、王座から陥落し試合後に現役引退を表明した[31][32][33]。
引退から復帰
2018年9月26日、角海老宝石ボクシングジムで記者会見を開き、現役復帰と同年12月1日に後楽園ホールの「ダイナミックグローブ」で復帰戦を行うことを発表した[34]。また、4月に結婚し、8月には長男も生まれたことも明かされた[35]。
2018年12月1日、後楽園ホールでアレガ・ユニアンと対戦し、4回2分25秒TKO勝ちを収め復帰戦ならびに再起戦を勝利で飾った[36]。
2019年5月8日、後楽園ホールでIBF世界バンタム級5位のスックプラサード・ポンピタックとスーパーバンタム級10回戦を行い、10回3-0(96-93、97-93、97-92)で判定勝ちを収めた[37][38]。
2022年5月20日、およそ3年ぶりの復帰戦を行ない、後楽園ホールでOPBF東洋太平洋バンタム級王者の栗原慶太とスーパーバンタム級10回戦を行うも、4回に偶然のバッティングで小國が右の眉上部を負傷し4回2分40秒負傷引き分けに終わった[39]。
2023年10月12日、有明アリーナで1年5ヶ月ぶりの復帰戦として元世界3階級制覇王者のジョンリル・カシメロとスーパーバンタム級10回戦を行うも、4回に偶然のバッティングで小國が頭部を負傷し4回27秒負傷引き分けに終わり、これにより2戦連続の負傷引き分けとなった[40]。
2024年10月13日、横浜武道館にて1年ぶりの復帰戦としてWBO世界スーパーバンタム級9位のフィリップス・ンギーチュンバと同級8回戦を行うも、初回に3度のダウンを奪われ初回2分23秒TKO負けを喫した[41][42]。
2025年4月10日、フィリピン・パラニャケのエロルデ・スポーツセンターでジョンジョン・エストラーダと125ポンド契約8回戦を行い、初回終了時にエストラーダが棄権したためTKO勝ちを収め2019年のポンピタック戦以来約6年ぶりの勝利となった[43]。
2025年5月7日、同年5月20日に後楽園ホールで行われるWBOアジア太平洋スーパーバンタム級王者の村田昴との試合について、小國が同年4月10日に行われたジョンジョン・エストラーダ戦で勝利したことによりWBOアジア太平洋スーパーバンタム級8位にランクインしWBOアジア太平洋ランカー復帰を果たしたことに伴い、WBOアジア太平洋スーパーバンタム級タイトルマッチとして行われることが発表された[44]。
2025年5月20日、後楽園ホールでWBOアジア太平洋スーパーバンタム級王者の村田昴と対戦するも、6回1分42秒TKO負けを喫し王座獲得に失敗した[45]。
2025年10月1日、後楽園ホールでWBC世界スーパーバンタム級14位のチャイノイ・ウォラウットとスーパーバンタム級8回戦を行い、2回に左フックを被弾してダウンを奪われ、チャイノイも同時にバランスを崩して左グローブをキャンバスに着く形でダブルノックダウンとなったものの、8回3-0(78-74×3)の判定勝ちを収め進退を賭けて臨んだ試合を制した。試合後に小國は「勝ててよかったです。それに尽きます。生き残りました」と語った[46]。
2026年4月3日、後楽園ホールで元2階級制覇王者にしてWBC世界スーパーバンタム級2位およびWBO世界スーパーバンタム級3位ならびにIBF世界スーパーバンタム級5位のマーロン・タパレスと56.02kg契約10回戦を行う予定だったが、前日計量でタパレスが1回目の計量で56.1kgと約80g超過し、2回目の計量でも56.05kgと約30g超過した。しかし10グラム単位の超過だったため小國陣営も即座に了承し再計量は行われずタパレスは計量失格とはならなかったため試合は通常通り行われることとなり、試合は10回3-0の判定勝ちを収め世界王座返り咲きに弾みをつけた[47]。当初は元IBF世界スーパーフライ級王者でWBO世界スーパーバンタム級7位およびIBF世界スーパーバンタム級12位のヘルウィン・アンカハスと対戦する予定だったが、アンカハスの負傷により中止になりかけるも、同年2月9日にプライベートで来日していたタパレス陣営と接触し、交渉した上でタパレスと対戦することとなった。
2026年8月16日、後楽園ホールでアレックス・サンティシマ・ジュニアと世界前哨戦としてスーパーバンタム級10回戦を行うも、レフェリーストップで8回1分7秒TKO負けを喫した[48]。
人物
戦績
- アマチュアボクシング:72戦 58勝 (28KO・RSC) 14敗
- プロボクシング:32戦 24勝 (9KO) 5敗 3分
| 戦 | 日付 | 勝敗 | 時間 | 内容 | 対戦相手 | 国籍 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2009年11月8日 | ☆ | 3R 1:22 | KO | チャーンサック・シッサイトーン | プロデビュー戦 | |
| 2 | 2010年2月21日 | ☆ | 1R 0:52 | TKO | 坂光輝(松田) | ||
| 3 | 2010年5月2日 | ☆ | 8R | 判定3-0 | ジェディオン・アンバ | ||
| 4 | 2010年10月10日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | エリック・ラパダ | ||
| 5 | 2011年1月16日 | ☆ | 8R | 判定3-0 | ガオナー・チュワタナ | ||
| 6 | 2011年5月21日 | ☆ | 8R | 判定3-0 | 松元雄大(グリーンツダ) | ||
| 7 | 2011年11月3日 | ☆ | 12R | 判定3-0 | ロリ・ガスカ | OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級タイトルマッチ | |
| 8 | 2012年3月18日 | ☆ | 9R 0:21 | 負傷判定3-0 | 大橋弘政(HEIWA) | OPBF防衛1 | |
| 9 | 2012年7月14日 | ☆ | 12R | 判定3-0 | 芹江匡晋(伴流) | OPBF防衛2 | |
| 10 | 2012年11月18日 | ☆ | 12R | 判定2-1 | ロリ・ガスカ | OPBF防衛3 | |
| 11 | 2013年3月10日 | ★ | 10R 終了 | TKO | 和氣慎吾(古口) | OPBF陥落 | |
| 12 | 2013年10月5日 | ☆ | 8R | 判定 3-0 | 岩﨑悠輝(新開) | ||
| 13 | 2014年1月11日 | ☆ | 8R 1:20 | TKO | 藤本悠起(三津山) | ||
| 14 | 2014年7月28日 | ☆ | 4R 2:26 | TKO | ライアン・ソー・タナチョー | ||
| 15 | 2014年12月6日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | 石本康隆(帝拳) | 日本スーパーバンタム級王座決定戦 | |
| 16 | 2015年4月30日 | △ | 10R | 判定1-0 | 古橋岳也(川崎新田) | 日本防衛1 | |
| 17 | 2015年9月30日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | 源大輝(ワタナベ) | 日本防衛2 | |
| 18 | 2015年12月17日 | ☆ | 4R 2:01 | TKO | エークギティ・モークルンテープトンブリー | ||
| 19 | 2016年4月19日 | ☆ | 5R 1:09 | TKO | マイク・タワッチャイ | ||
| 20 | 2016年8月2日 | ☆ | 1R 0:30 | TKO | ジェイプ・マカドムピス | ||
| 21 | 2016年12月31日 | ☆ | 12R | 判定3-0 | ジョナサン・グスマン | IBF世界スーパーバンタム級タイトルマッチ | |
| 22 | 2017年9月13日 | ★ | 6R 2:16 | TKO | 岩佐亮佑(セレス) | IBF陥落 | |
| 23 | 2018年12月1日 | ☆ | 4R 2:25 | TKO | アレガ・ユニアン | ||
| 24 | 2019年5月8日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | スックプラサード・ポンピタック | ||
| 25 | 2022年5月20日 | △ | 4R 2:40 | 負傷 | 栗原慶太(一力) | ||
| 26 | 2023年10月12日 | △ | 4R 0:27 | 負傷 | ジョンリル・カシメロ | ||
| 27 | 2024年10月13日 | ★ | 1R 2:23 | TKO | フリップス・ンギーチュンバ | ||
| 28 | 2025年4月10日 | ☆ | 1R 終了 | TKO | ジョンジョン・エストラーダ | ||
| 29 | 2025年5月20日 | ★ | 6R 1:42 | TKO | 村田昴(帝拳) | WBOアジア太平洋スーパーバンタム級タイトルマッチ | |
| 30 | 2025年9月17日 | ☆ | 8R | 判定3-0 | チャイノイ・ウォラウット | ||
| 31 | 2026年4月3日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | マーロン・タパレス | ||
| 32 | 2026年8月16日 | ★ | 8R 1:07 | TKО | アレックス・サンティシマ・ジュニア | ||
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