小張藩
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前史
関連地図(茨城県)[注釈 2]
戦国時代、小張は小田氏と結城氏(多賀谷氏)が争っていた場所である。
松下重綱の時代
慶長8年(1603年)、遠江久野藩主であった松下重綱は、居城(久野城)の石塁を許可なく築いたことから幕府により懲罰的な移封を命じられ、小張に1万6000石で入った[3]。
重綱はその後の大坂の陣で軍功を挙げた[3]。元和9年(1623年)3月、5800石を加増の上で下野烏山藩に2万800石で移された[3][4]。
松平乗政の時代
徳川家綱に小姓として仕えていた松平乗政(大給松平家。石川乗政とも称する)は、寛文元年(1661年)に常陸国筑波郡内で5000石の所領を与えられた[5]。小張村にはその陣屋が置かれたという[6]。
延宝7年(1679年)7月10日、乗政は若年寄に就任するとともに[5]、常陸国西河内[注釈 3]・真壁両郡内で5000石を加増されて大名に列し、小張を居所とした[5]。これにより小張藩が再立藩する。天和元年(1681年)7月22日、下総国結城郡内で5000石を加増された[5]。