小明町
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河川
歴史
小明村は大和国平群郡に属し[5]、天文18年(1549年)には生馬上庄小名村として名前が見える[6]。江戸時代に入ると、はじめ竜田藩領、寛永16年(1639年)からは郡山藩領、延宝7年(1679年)からは旗本の松平家(松平信重)の知行地へと移り変わった[5][7]。
明治22年(1889年)に北生駒村の一部となり、大正3年(1914年)になると大軌電車が開通したが、小明ではしばらくの間都市化は進まなかった[8]。十五年戦争の始まった昭和6年(1931年)頃より、都市部からの疎開者を中心に人口が増えだし、戦後、公営住宅の建設や民営企業による大規模開発が進められ、昭和30年(1955年)頃から住宅地として都市化が進んでいった[8]。
地名の由来
「小明」の由来ははっきりしないが、以下の説が考えられる。いずれも「コ-ミョウ」→「コーミョー」という音便変化に因んでいる。
- 「天文18年2月24日、生馬上庄小名村」と書かれた碑文があることから、当時「小名村」と呼ばれていたと考えられ、荘園内の「小さな名田」であったことから「小名」、後に「小明」と呼ばれるようになったという説[9]。
- 村の鎮守として稲蔵明神が祀られており、小さな明神がある場所という意味で「小明」と呼ばれるようになったという説[9]。『慶長郷帳』に「小ミやうじ村」、『元和郷帳』に「小ミや村」とあるのは、稲蔵明神の「小宮」「小明神」から来ているとも考えられ、この説の裏付けになるとも考えられる[9]。
沿革
世帯数と人口
2020年(令和2年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]。
| 町丁 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 小明町 | 1,756世帯 | 4,330人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 1995年(平成7年) | 3,123人 | [11] | |
| 2000年(平成12年) | 3,929人 | [12] | |
| 2005年(平成17年) | 4,328人 | [13] | |
| 2010年(平成22年) | 4,504人 | [14] | |
| 2015年(平成27年) | 4,345人 | [15] |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 1995年(平成7年) | 963世帯 | [11] | |
| 2000年(平成12年) | 1,242世帯 | [12] | |
| 2005年(平成17年) | 1,419世帯 | [13] | |
| 2010年(平成22年) | 1,541世帯 | [14] | |
| 2015年(平成27年) | 1,568世帯 | [15] |