北大和
From Wikipedia, the free encyclopedia
地価[編集]
生駒市北部に位置し、東に上町(飛地)、北に高山町、西に上町、南に真弓に隣接している。
学園前、登美ヶ丘、真弓につらなり一体となった戸建て住宅の開発が行われた[5][6]。
手前に矢田丘陵を奥に生駒・信貴山系を西に望み[7]、また北側の一部外縁には林や丘陵に沿った田畑があり、田園地域がみられる。北には奈良先端科学技術大学院大学に代表される関西文化学術研究都市高山地区が広がる。
住宅地全域が第一種低層住居専用地域に指定され[8]、かつ県内で初めて地区計画が設定された地域であるため[9]、建蔽率が厳しく[10]、区画整然とした住宅地が広がる[11]。
道路は住宅地と一体で造成され、歩道付の道路には、ポプラ並木が植樹され、多くはえんじ色系のカラーインターロッキングブロックで舗装されている[7]。
住宅地の地価は、2024年(令和6年)の国土交通省の土地情報システム公示地価によれば、北大和2-11-3の地点で13万6000円/m2となっている[11]。
歴史
昭和30年代より生駒町や奈良市では住宅開発が盛んに行われ、市政施行後の昭和50年代には、上町でもあすか野やあすか台、真弓住宅地が造成される[12]。昭和58年に複数の不動産企業や団体からなる「北大和土地区画整理事業組合」の設立が認可され[9]、昭和60年代から北大和の開発が始まった[12]。主に四丁目などは野村不動産により開発された[5]。
開発区域は57.7㎢で計画戸数は1,330戸である[7]
奈良県で初めて、都市計画法に基づき地区の特性にふさわしいまちづくりを誘導するための計画である、地区計画[13]が設定され[9]、加えて県内でいち早くケーブルテレビが予め導入された[9]。
先に開発が進んだ真弓地区と同じく、
- 近鉄奈良線学園前駅への奈良交通バスの運行により交通便が良いこと
- 住宅地としての景観が良いこと
- 学園前一帯が高級住宅街のイメージがあること
- 大阪メトロ(当時は大阪市営地下鉄)中央線と直通する近鉄新線の構想が具体化していたこと
などに加え、当時のバブル経済の時流に乗り地価が急激に上昇し[14]たことから、主に高所得者を中心に人気住宅地となった[15]。
現在も隣接する真弓地区とともに、生駒や学園前など主要駅近辺ではないにもかかわらず、県内上位の地価の高さを保ち続けている[16]。
2006年3月27日に北大和地区に隣接して近鉄けいはんな線学研北生駒駅が開業した。当初「北大和駅」になる予定であったが、当時の市長中本幸一による強い要望により「北生駒駅」となり、また関西文化学術研究都市(高山地区)の最寄駅であることから「学研」を冠する駅名となった。けいはんな線はOsaka Metro中央線と直通運転しているため、乗り換え無しで大阪市内まで移動できるようになり、交通のアクセスが格段に向上した[17]。
沿革
北大和を舞台とした作品
生駒市出身の森見登美彦氏の小説『ペンギン・ハイウェイ』とそれを原作とした映画『ペンギン・ハイウェイ』は、北大和住宅地や真弓住宅地とその周辺をモデルにしたものと思われる。モデルとなった建物、施設、緑地が点在する。
世帯数と人口
2024年(令和6年)2月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[27]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 北大和一丁目 | 328 | 787 |
| 北大和二丁目 | 485 | 1,191 |
| 北大和三丁目 | 142 | 344 |
| 北大和四丁目 | 238 | 587 |
| 北大和五丁目 | 174 | 490 |
| 計 | 1,367 | 3,399 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 1995年(平成7年) | 2,713人 | [28] | |
| 2000年(平成12年) | 3,333人 | [29] | |
| 2005年(平成17年) | 3,422人 | [30] | |
| 2010年(平成22年) | 3,506人 | [31] | |
| 2015年(平成27年) | 3,538人 | [32] |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 1995年(平成7年) | 747世帯 | [28] | |
| 2000年(平成12年) | 956世帯 | [29] | |
| 2005年(平成17年) | 1,046世帯 | [30] | |
| 2010年(平成22年) | 1,148世帯 | [31] | |
| 2015年(平成27年) | 1,217世帯 | [32] |