小西勇太
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| 選手情報 | |||||||||||||||
| フルネーム | こにし ゆうた | ||||||||||||||
| ラテン文字 | Yuta Konishi | ||||||||||||||
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| 競技 | 陸上競技(ハードル) | ||||||||||||||
| 種目 | 400mハードル | ||||||||||||||
| 所属 | 住友電工 | ||||||||||||||
| 大学 | 立命館大学 | ||||||||||||||
| 生年月日 | 1990年7月31日(35歳) | ||||||||||||||
| 出身地 | 大阪府枚方市[1] | ||||||||||||||
| 身長 | 182cm | ||||||||||||||
| 体重 | 72kg | ||||||||||||||
| 成績 | |||||||||||||||
| 世界選手権 | 400mH:予選2組6着(2015年) | ||||||||||||||
| 地域大会決勝 |
アジア選手権 400mH:優勝(2015年) | ||||||||||||||
| 国内大会決勝 |
日本選手権 400mH:3位(2014年, 2015年, 2016年) 4x100mR:3位(2011年) 4x400mR:3位(2014年, 2015年) | ||||||||||||||
| 自己ベスト | |||||||||||||||
| 400m | 47秒21(2011年) | ||||||||||||||
| 110mハードル | 14秒35(2011年) | ||||||||||||||
| 400mハードル | 49秒03(2017年) | ||||||||||||||
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| 編集 | |||||||||||||||
小西 勇太(こにし ゆうた、1990年7月31日 - )は、大阪府枚方市出身の陸上競技選手。専門はハードル。400mハードルで49秒41の自己ベストを持つ。2015年北京世界選手権の日本代表、2015年武漢アジア選手権の金メダリストである。住友電工所属。
大学時代まで
自分の努力が自分の結果につながることに魅力を感じ、中学から陸上競技を始めた[2]
高校3年時の2008年には男子400mハードルでインターハイ準決勝進出、国民体育大会7位、日本ジュニア選手権9位などの成績を残した。
大学は立命館大学に進学した。大学4年間で全国タイトルを獲得することはできなかったが、西日本インカレ3連覇(2010年-2012年)、関西インカレ2連覇(2011年-2012年)、実業団・学生対抗優勝(2011年)のほか、国民体育大会3位(2012年)、日本インカレ3位(2010年)、日本学生個人選手権2位(2010年)などの成績を男子400mハードルで残した。また、日本選手権男子400mハードルでは2011年大会と2012年大会で決勝に進出した。2012年大会ではロンドンオリンピックの参加A標準記録突破者として臨むも、7位に終わりオリンピック日本代表の座を逃した。大学時代の400mハードルの自己ベストは関西学生記録の49秒41だった。
社会人時代
2013年、住友電工に入社した。
2015年、6月の武漢アジア選手権男子400mハードルを49秒58で制し、この種目で4大会連続の日本人チャンピオンに輝いた。6月の日本選手権男子400mハードルでは2大会連続で3位に入ると、最終的に北京世界選手権の参加標準記録(49秒50)を破ることはできなかったものの、アジア選手権で優勝していたことから日本代表に選出された[注 1][3]。これは1928年創部の住友電工陸上部において、初の世界大会日本代表誕生という快挙だった[注 2][4]。8月の北京世界選手権男子400mハードルでは予選で今季自己最高タイ記録の49秒58をマークするも、準決勝に着順で進出するには0秒46、タイムで拾われるには0秒20届かなかった[5]。
2016年、6月の日本選手権男子400mハードルでは3位に入るも、リオデジャネイロオリンピックの参加標準記録(49秒40)に0秒15届かず、オリンピック日本代表の座を逃した。
2017年、6月の日本選手権男子400mハードル予選で49秒03をマークし、自己ベスト(49秒41)を6年ぶりに更新するとともにロンドン世界選手権の参加標準記録(49秒35)を突破したが、決勝では50秒05とタイムを落とし5位に終わった[6]。連覇のかかっていた7月のブバネーシュワル・アジア選手権男子400mハードルは決勝に進出するも8位に終わった。