小長谷喜久男
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明治大学卒業後、ヤマハ発動機サッカー部(現・ジュビロ磐田)に入部して選手としてプレー。
引退後の1987年にヤマハの監督に就任。就任初年度の1987/88シーズンにチームを日本サッカーリーグ(JSL)1部優勝に導いている。ヤマハがジュビロ磐田へと移行した後はフロントスタッフとしてチームの躍進を支えた。
1999年11月からはメインスポンサーフジタの撤退で存続が危ぶまれていたベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)の運営を引き継ぐ新法人・株式会社湘南ベルマーレの社長に就任、3年半にわたり社長を務め、クラブの経営を立て直した。
Jリーグ・マネジメントアドバイザーを経て、2005年5月からはベガルタ仙台の運営法人・東北ハンドレッドの常務、田中孝司GM退団後の9月からはSD(シニアディレクター。他クラブでのGMに相当する現場部門のトップ)を務めていたが、成績不振と2006年に獲得した選手の移籍金回収も思うようにいかず、その責任をとる格好となり、2007年をもってベガルタ仙台を退団しJリーグへ復帰した。