岩原豊子
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疎開先の母の実家(茨城県)で生まれ、東京都台東区育ち。バレーボール強豪校の中村高校に進学し、全日本総合選手権ベスト4などに貢献した。
1964年に実業団のヤシカに入部し、セッターに転向する。1967年に全日本メンバーに選出され、同年の世界選手権優勝、1968年のメキシコオリンピック準優勝などに貢献した。
国内では、1967年度の第1回日本リーグでベスト6およびレシーブ賞を獲得し、チーム準優勝に大きく貢献した。現役引退後もコーチとして後身の指導に当たり、1978年5月のヤシカ廃部までチームのために尽力した。
現在は、バレーボールアカデミー(貝塚ドリームス)のスタッフとして尽力している[2]。
球歴
受賞歴
所属チーム
- 台東区立御徒町中学校
- 中村高校
- ヤシカ(1964-1973年)