岸町 (川越市)
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地理
歴史
江戸時代後期の文化・文政年間に編纂された『新編武蔵風土記稿』には岸村の項がある[7]。それによると、江戸時代初期にあたる正保年間の頃は宇土澤村と呼ばれていた。徳川家康の江戸入府に伴って、家臣の長田金平・米津康勝(梅干介)の知行所となったと言われ、現在岸町二丁目にある長田寺の寺号は長田氏に由来するという[8]。元禄6年には近山与左衛門・瀧野十右衛門の検地を経て、川越城付きの村となった[8]。
岸町の北端で川越街道が河岸段丘を登る烏頭坂(うとうざか)は、昭和中期頃までは善知鳥坂と表記されていた[9]。文明年間の紀行文『廻国雑記』に和歌が残っている[10]。
うとふ坂越てくるしき行末を安方となく鳥の音もがな[注釈 1]
1889年(明治22年)4月1日に、岸村は周辺の大仙波村、大仙波新田、新宿村と合併し仙波村大字岸となった。1922年(大正11年)12月1日に仙波村が川越町と合併して川越市となり、大字岸は喜志町区と表記されるようになった[12]。昭和初期の資料では喜志町という表記が見られる[13]。
1964年(昭和39年)2月1日、大字岸に相当する地域の大部分と、隣接する砂、今福の一部について町名地番整理が行われ、岸町一丁目、岸町二丁目、岸町三丁目となった[14]。不老川右岸の砂新田にあった飛び地のほとんどは、2014年(平成26年)3月3日に中台元町として町名地番整理された[15]。
岸(大字)
世帯数と人口
小・中学校の学区
交通
東武鉄道東上本線が岸町一丁目と二丁目の境界を成している。町内に同線の駅は設置されておらず、町は新河岸駅・川越駅のほぼ中間に位置している。
道路
国道254号が岸町二丁目の中央を南北に貫いている。道路幅は片側1車線であり、国道16号線との交差点に近い烏頭坂は恒常的に渋滞している[22][23]。また埼玉県道6号川越所沢線が町の西端を通っている。
バス
市内でバスを運行する東武バスは町内を通過しない。西武バスは上記県道6号を通過するが、町内に停留所は設置されていない。川越市が両社に運行委託する川越シャトルの30・31・34系統が町内を通過し、以下の停留所を設置している[24]。
- 30系統 - 烏頭坂、岸町二丁目、岸町三丁目
- 31系統 - 烏頭坂、岸町坂下
- 34系統 - 岸町北、岸町中央、岸町市営住宅前、岸町南