立場が変化するのは、2007年大韓民国大統領選挙直後と見られる。太陽政策の見直しを掲げる李明博の大統領就任以降、国内でも重要な行事である金正日国防委員長の生誕記念行事にも姿を現さなくなった。このため、国内では大統領選に関して情勢判断のミスがあった等の理由により、責任を負う形で失脚したものと推測されることとなった。
2009年4月には、南北経済協力事業をめぐり120万ドルを不正に収受したかどで更迭、黄海道の鶏加工工場で労役に就いているという報道が、同年5月になると2008年末に処刑されたとの報道もなされたが、消息については不明のままである。