元正花
From Wikipedia, the free encyclopedia
咸鏡北道清津で生まれる。実父や継父も北朝鮮の国家安全保衛部所属の工作員。実父は1974年に韓国に潜入したが、射殺されたとされる。幼くして父を亡くした元正花は父と同じ国家安全保衛部の継父の金東淳の下で育ち、1989年に特殊部隊に入隊。1992年、怪我のため除隊となるが、友人と亜鉛を5t窃盗して脱北した[1]。北朝鮮では亜鉛を1キロ盗んでも銃殺刑に処せられるといわれ、彼女は約6年にわたり、中朝国境に潜伏した[1]。
北朝鮮保衛部は、元正花の韓国潜入工作訓練を受けた経歴や行動の大胆さ、臨機応変さ、また、性に対する開放的な考え方に着目し、彼女の罪を赦す代わりに女工作員として抜擢することとし、1999年より中朝国境地帯に潜入させた[1]。彼女は、延吉や琿春などで脱北者ら約100人を北朝鮮に拉致して面目を躍如した。その後、保衛部は韓国潜入を命じた。
対南工作
2000年3月21日の朝鮮労働党中央委員会での金正日総書記の指示により、脱北者の中に工作員を潜入させる対南工作が開始された。これにより元正花も2001年3月に中国へと潜入、現地で妊娠後、中国人妻を得ようと中国を訪れていた韓国人会社員と婚約した[2]。元正花は子供を中絶しようとするが、保衛部は、妊婦は疑われにくいとして中絶を認めなかった[2]。2001年10月頃に正式に結婚して韓国へ入国。入国直後に脱北者として韓国政府に出頭。そして会社員とはすぐに離婚し、女児を出産した。
その後、正式に諜報活動を開始し、結婚情報会社に登録。韓国軍人の紹介を希望し、韓国軍の士官や脱北者団体の幹部関係者ら7名とも肉体関係を持ち、軍の情報や要人の情報を保衛部に流した[2][3]。また、韓国に亡命していた黄長燁元朝鮮労働党書記や脱北者団体代表金聖民の所在把握、韓国人諜報員の暗殺命令も受けていた。
肉体関係で得たネットワークを元に、韓国軍部にも入り込み、韓国軍政治将校などに、約50回に及ぶ北朝鮮の主張を正当化する講演会を行い、軍部への洗脳工作を大っぴらに行っていた。
二重スパイ
2003年から2004年にかけて、北朝鮮国内の情報を目的に近づいた韓国情報機関から北朝鮮の機密情報の入手を依頼され、情報を提供した。この提供した情報は、北朝鮮保衛部の承認を得た、価値の薄い情報であったとされる。