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彦摩呂

日本のタレント、グルメリポーター (1966-) From Wikipedia, the free encyclopedia

彦摩呂(ひこまろ、本名:原 吉彦(はら よしひこ)、1966年〈昭和41年〉9月15日[1] - )は、日本のタレント、俳優。太田プロダクション所属。大阪府東大阪市出身。アイドルグループ・幕末塾で活動した後、タレントに転身。グルメリポーターとして知られるようになる。

本名 原 吉彦(はら よしひこ)
生年月日 (1966-09-15) 1966年9月15日(59歳)
血液型 A型
概要 ひこまろ 彦摩呂, 本名 ...
ひこまろ
彦摩呂
本名 原 吉彦(はら よしひこ)
生年月日 (1966-09-15) 1966年9月15日(59歳)
出生地 日本の旗 日本 大阪府東大阪市
血液型 A型
職業 タレント、グルメリポーター
事務所 太田プロダクション
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活動期間 2020年1月23日
ジャンル グルメ
登録者数 1.85万人
概要 彦摩呂, YouTube ...
彦摩呂
YouTube
チャンネル
活動期間 2020年1月23日
ジャンル グルメ
登録者数 1.85万人
総再生回数 2,691,485 回
チャンネル登録者数・総再生回数は
2025年10月15日時点。
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経歴・人物

生い立ち

東大阪市瓢箪山出身[2]、大東市育ち[3]。大地主で市議会議員まで輩出した名家に生まれるが、自身が4〜5歳の時、両親の離婚で貧窮した母子家庭で育つ。母は昼はスーパーマーケット、夜は食堂でと掛け持ちで働き、家庭を支えていた。彦摩呂は外では明るく振舞ったが、家に帰ると一人だったので寂しかったとのこと。此花学院高等学校在学中からモデルとして活動。高校卒業後は近商ストアに就職[注 1]、並行していたモデル業ではからあげクンのCMに出演を果たした[注 2]。次第に「大阪じゃなくて東京に行ったほうがいいんじゃないか」との思いが芽生え、上京を決意[4]。

アイドル

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上京後はモデル業を経て、「アイドルボーイズ」のオーディションに合格[4]。1988年に男性アイドルグループ「幕末塾」のメンバーに選抜される。幕末塾は「日本男児」「和」「志士」をコンセプトに掲げており、メンバーの芸名(幕末塾生名)も本名の一部からアレンジした名を与えられた。「彦摩呂」も本名の「吉彦」の一文字から考えられたものである[注 3]。グループは太田プロが手掛けた初の男性アイドルグループとして鳴り物入りでデビューを果たし、太田プロ所属タレントの番組に出演する機会に恵まれていたが、大きなブレイクには至らなかった。また、給料も安く、家賃を払うと手元に残る金が底を尽きてしまう生活であった[5]。

グルメリポーター

当初は芝居を中心に活動していたが、所属事務所に自分のキャラクターを生かして活動の幅を広げたいと相談したところ、山田邦子が司会をしていた情報番組「山田邦子の旅くらぶ」でリポーターとして起用された[注 4][6]。その後、同番組レギュラー出演となる。これを契機に旅番組での温泉レポート、芸能人の豪邸訪問、グルメリポートなどの活動が中心となった。

リポーターを始めて10年ほどたった頃、北海道の市場からのリポートに出向いた。海鮮丼を紹介した際、新鮮な魚介類がキラキラ光って見えたため、思わず「うわぁ、海の宝石箱や〜!」とコメントしたことが、のちに定番となる名フレーズの最初であるという[7]。このロケ以降「……の……や〜!」の比喩表現を積極的に使い、自身の食レポの個性にするようになった[注 5][8]。

「……の……や〜!」の他、「うーわぁ。見て〜」「宝石箱や〜」は自身が考案した決まり文句であり、食レポをする時の定番となった。時々、土田晃之がU-turn時代に『オールスター爆笑ものまね紅白歌合戦!!』出演の際に考案した「味のIT革命や〜」を拝借することもある[7][9][注 6]。

グルメ関係の仕事が途切れない嬉しい悲鳴の反面、幕末塾時代のスリムなモデル体型(身長172cm・体重55kg[7])の面影がすっかり消えてしまうほど体重が増加して肥満体型になってしまった。2006年、日本テレビ『ミラクル☆シェイプ』のダイエット企画に出演。およそ1カ月で5kgの減量に成功した[注 7]。しかし、企画終了後に徐々にリバウンドして、数カ月後には元の体型を上回った。ABCテレビ『笑いの金メダル』出演時は「メタボリックの子守唄」という「ギザギザハートの子守唄』の替え歌を披露し、「(アイドル時代から)20kg太った」「本当はそんなに食べれない」など自虐的な歌詞で実情を歌った。

2010年1月4日付けのブログで100kgの大台に乗ったと報告[10]。その後、減量に努めるも[11]、増減を繰り返している。2019年10月には、2年かけて135kgから113kgに減量したことを報告している[12]。

『人生が変わる1分間の深イイ話』の「旨イイSP」に参加した際、コーナーの趣旨に乗っかり「これからはお店主導でなく、視聴者主導で評価する」と発言。その言葉通り、辛口かつ鋭い指摘を行い企画立案者でもある島田紳助から「またこの企画やる時も絶対来てくれ」と絶賛された。そして実際に第2回が開催された時も招待されている。しかし、同じ紳助司会の特番『行列のできる芸能人通販王決定戦』で2回プレゼンターで参加したが、いずれも結果は残していない。

一方で、彦摩呂が食レポのコツを公開したことで初めて食レポを行う人間であっても完成度の高い食レポを行うことができるようになったため、専任のグルメレポーター自体が減少したというメディア研究家の衣輪晋一による分析もある[13]。

エピソード

『クイズタイムショック』(1990年1月年男年女大会)に出演した際、最初の問題「桃の節句って何月何日?」で「5月の5日」と答え観客からどよめきが起き、次の「じゃあ5月5日は何の節句?」でも「こどもの日」と答え、今度は観客から笑いが起こる。さらに「ステッカー、クラッカー、音が鳴るのはどっち?」で「ステッカー」と答え、結果4問正解10,000円獲得に終わる。

2006年8月25日にTBS系列にて放送された『金スペ! 史上最強!ザ・快傑ドクター6!!芸能人の寿命ぜーんぶ大宣告SP』において「余命4年」の診断を受ける。大小7つの大腸ポリープ(良性)が発見され、摘出手術を行った。

2008年1月16日、出演番組の『ラジかるッ』『まんぷく道場』を寝坊で遅刻し、番組途中に普段着でメガネを掛けたまま登場した。

1日にタバコを2箱消費する喫煙者だったが、後に禁煙。グルメリポーターという職業柄もあり、5kg太ったとのこと。しかし静岡放送『愉快!痛快!阿藤快』2008年2月2日放送分で阿藤快が「彼はまた吸い始めたんですよ」と発言している。

幕末塾でのデビュー当初は給料も少なく極貧生活を強いられていた。空腹に堪り兼ね、近所の畑からさつまいもをこっそり拝借してしまったことがある。申し訳なく思いながらも、その時の芋の味は30年以上経った今でも忘れられないという[5]。

出演

映画

テレビ

ドラマ

バラエティ

情報

その他

ラジオ

舞台

CM

オリジナルビデオ・DVD

アニメ

吹き替え

脚注

外部リンク

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