戦国四君 From Wikipedia, the free encyclopedia 戦国四君(せんごくしくん)は、中国の戦国時代に活躍した4人の人物を総称した呼び名。 「〜〜君」とは封じられた封号であり、この4人の他にもこのような封号を封じられた者は多数いた。 斉の孟嘗君 田文(? - 紀元前279年) 趙の平原君 趙勝(? - 紀元前251年) 魏の信陵君 魏無忌(? - 紀元前244年) 楚の春申君 黄歇(? - 紀元前238年) このうち春申君は宰相で他は王族出身者。彼らはいずれもその国の有力な政治家で、それぞれ3000人もの食客を養っていたことで有名である[1][2][3][4]。 彼らによる合従策や軍事的活動によって活躍した頃は、のちに強国となる秦もなかなか東進に踏み出せないでいたとされる。彼らの威勢・人望は、時として使えるべき君主らの嫉妬・疑惑を招き、禍を招きよせることもあった。 脚注 ↑ 巻七十五 孟嘗君列傳 第十五 (中国語), 史記/卷075#孟嘗君, ウィキソースより閲覧。 ↑ 史記 卷七十六 平原君虞卿列傳 (中国語), 史記/卷076#平原君, ウィキソースより閲覧。 ↑ 史記 卷七十七 魏公子列傳 第十七 (中国語), 史記/卷077#信陵君, ウィキソースより閲覧。 ↑ 史記 卷七十八 春申君列傳 第十八 (中国語), 史記/卷078#春申君, ウィキソースより閲覧。 関連項目 君 戦国四大名将 外部リンク 日本語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。 史記 中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。 史記 表話編歴春秋戦国時代(春秋時代・戦国時代)国 春秋十二列国 魯 斉(姜斉) 晋 秦 楚 宋 衛 鄭 陳 蔡 曹 燕 呉 戦国七雄 秦 楚 斉(田斉) 燕 趙・代[1] 魏 韓 他 越 中山 杞 曾 邾 滕 唐 栄 単 沈 頼 英 六 庸 邢 萊 古蜀 周王朝 西周公 東周公 戦闘 春秋 泓水の戦い 城濮の戦い 邲の戦い 鄢陵の戦い 柏挙の戦い 晋陽の戦い 戦国 桂陵の戦い 馬陵の戦い 鄢・郢の戦い 閼与の戦い 長平の戦い 統一戦争 韓攻略 趙攻略 魏攻略 楚攻略 燕・代攻略 斉攻略 諸子百家 諸子 孔子 老子 荘子 墨子 孟子 荀子 韓非子 孫子 列子 楊朱 百家 陰陽家 儒家 墨家 法家 名家 道家 縦横家 雑家 農家 小説家 兵家 関連項目 東周 史記 春秋左氏伝 戦国策 春秋五覇 戦国四君 戦国四大名将 東周列国志 注釈 ↑ 代は趙の亡命政権であり、秦に滅ぼされた。 Related Articles