抑うつの分布モデル

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抑うつの分布モデル(よくうつのぶんぷモデル、: Patterns of score distributions on depression rating scales)とは、一般人口における抑うつスコアの分布の数理モデルのことである。大規模調査における抑うつ症状および総スコアの分布の形がそれぞれ数理パターンを示すことから提唱された[1]。抑うつの分布モデルは単なる形状の問題ではなく、抑うつの仕組みや性質について理解するための材料となる可能性がある[2]

背景

抑うつ症状の分布モデルは2000年に行われた抑うつ関する大規模調査(保健福祉動向調査、対象32000人)のデータ解析をきっかけに報告された[3]。調査には抑うつ評価尺度CES-Dが使われたが抑うつ症状の分布は下記の表のとおりとなった[4]

日本人を対象とした過去一週間の抑うつ症状の頻度(2000年)
抑うつ症状の種類ほとんどない1-2日3-4日5日-7日
1. 普段は何でもないことがわずらわしい52.8%34.2%10.1%3.0%
2. 食べたくない、食欲不振71.9%19.7%6.7%1.7%
3. 家族や友達からはげましもらっても気分が晴れない72.3%18.9%5.8%3.0%
4. 物事に集中できない53.7%30.8%11.5%3.0%
5. ゆううつだ52.8%34.2%10.1%4.0%
6. 何をするにも面倒だ47.1%35.8%11.2%5.9%
7. 過去のことについてくよくよ考える55.6%28.3%11.6%4.6%
8. 何か恐ろしい気持ちがする80.7%13.1%4.2%2.0%
9. なかなか眠れない62.8%23.1%9.5%4.6%
10. ふだんより口数が少ない、口が重い66.7%22.0%7.7%3.5%
11. 一人ぼっちでさびしい78.1%14.0%5.0%2.9%
12. 皆がよそよそしいと思う81.5%13.1%3.7%1.7%
13. 急に泣き出すことがある91.5%6.0%1.7%0.8%
14. 悲しいと感じる74.0%19.2%4.8%2.0%
15. 皆が自分をきらっていると感じる82.6%13.5%2.7%1.3%
16. 仕事(学業)が手につかない72.5%19.6%5.1%2.9%

抑うつ症状の分布を分析したところ共通する数理パターンが明らかになった[3]。下記のグラフは抑うつ症状の分布を線グラフにプロットしたものであるが、矢印が示すようにすべてのグラフが「ほとんどない」と「少しある」の間の一点で交差し「少しある」から「いつもある」にかけて全ての症状がほぼ同じ比率で収斂している。。なおCES-Dポジティブ感情の4項目はこの分布モデルに従わない[3]

CES-D抑うつ症状の頻度の線グラフ
CES-D抑うつ症状の頻度の線グラフ

抑うつ症状の分布の数理モデル

下記は抑うつ症状の分布から提案された数理モデルである。このモデルの特徴は、「ほとんどない」を除いた「少しある」から「かなりある」の区間の減少率と「少しある」から「いつもある」の区間の減少率が、すべての抑うつ症状において等しいということである。

item response model of depressive symptoms
item response model of depressive symptoms

図Aに示すように「少しある」の頻度確率をPとし、「少しある」から「かなりある」の区間の減少率をr1,「かなりある」から「いつもある」の区間の減少率をr2とした場合、「かなりある」「いつもある」「ほとんどない」の確率はそれぞれPr1、Pr1r2、1-(P+Pr1+Pr1r2)となる。

図Bは二つの抑うつ症状の分布のモデルである。「少しある」の確率をそれぞれP1とP2と仮定したものである。図Bのモデルにしたがって「ほとんどない」と「少しある」の間の交点の座標を計算すると(x, y) = {(r1r2+r1+1)/(r1r2+r1+2),1/(r1r2+r1+2)}となる。この交点の座標はr1とr2だけで構成されているのでこのモデルにでは抑うつ症状のすべての線グラフが「ほとんどない」と「少しある」の間の一点で交わることになる。

日米欧の様々な公的大規模データでこの数理モデルの再現性は確認された[2]。またPHQ-9K6/K10GAD-7、GHQといった異なる評価尺度でも再現性が認められた[2]。抑うつ症状には抑うつ気分、不眠希死念慮、といった様々のものがあるが皆同じ分布モデルに従うということである

総スコアと指数分布

2002年にMeltzerらは英国における一般人口における抑うつ評価尺度の総スコアの分布はスコア0近辺を除いて指数分布に近似していることを報告した[5]。その後この報告の再現性については、日米欧による大規模疫学調査のデータにおいて確認された[2]

例えば図Aは前述の保健福祉動向調査におけるCES-Dの抑うつ症状16項目総スコアの分布であるが、分布は右肩下がりを示している[3]。図Bは総スコアの方対数グラフであるがほぼ直線を示している(指数関数は方対数グラフで直線を示す)。スコア0近辺(矢印)では少し直線よりやや下方にシフトしている。

CES-D score distribution
CES-D score distribution

抑うつスコアの分布の安定性

長期的な安定性

一般社会における抑うつスコアの分布は長期的に安定している。こういった特徴は抑うつスコアが指数分布に従う仕組みと関連していると考えられている[1]

下図Aは1997年と2017年における米国での抑うつ評価尺度K6/K10を用いた大規模調査(NHIS英語版)の結果を比較したものであるが、どちらの時代のK6の分布も右肩下がりでほぼ重なっている(点線で示した13点がK6のうつ病のスクリーニングのカットオフ値)。

下図Bは方対数グラフであるがほぼ直線を示しておりやはり重なっている。つまり21年の時間差にも関わらず、抑うつスコアの分布は安定している[6]。この21年間に同時多発テロ(2001年)ハリケーン・カトリーナ(2005年)リーマンショック(2008年)と米国を揺るがすような災危が続いたが、抑うつスコアの分布は安定しており、K6スコアが13点以上のうつ病が疑われる部分もあまり変化していない。英国の公的調査でも抑うつスコアの分布が長期的に安定していることは確認された[7]

K6 distribution for 1997and 2017 NHIS
K6 distribution for 1997and 2017 NHIS

抑うつスコアの分布の興味深い点は、個人の変動と分布の安定が共存する点にある。一般的に個人が変動すればそれにともない個人の集合体である分布も変化する。しかし抑うつスコアの分布では、個人は変動するが分布全体は安定している。こういった性状は絶え間ない交換によって出現する指数分布の仕組みと一致すると考えられている[1]

指数分布が発生する仕組み

脚注

関連項目

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