抑うつ評価尺度

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抑うつ評価尺度(よくうつひょうかしゃくど、: rating scales for depression)とは個人の抑うつの程度を評価するための評価尺度である。うつ病評価尺度とも呼ばれる。うつ病のスクリーニングや治療の評価のために用いられる。抑うつ評価尺度の結果だけでうつ病を診断できるわけではないが、うつ病の診断や重症度を理解するための重要な情報となる。

抑うつ評価尺度は、大別すると被験者自身が評価する自己記入式のものと、評価者が被験者を面接して評価を行うものがある。前者は一般人口を対象とした疫学調査等で利用されることが多く、後者は薬物療法の臨床試験等で用いられることが多い。

抑うつ評価尺度は1960年に作成されたハミルトンうつ病評価尺度 (HAM-D)に始まる[1]。ハミルトンうつ病評価尺度は評価者面接による評価尺度であるが、自記式抑うつ評価尺度としては認知療法で名高いアーロン・ベックが1961年に発表したベックうつ病尺度 (BDI)が最初である[2]。現在に至るまで様々な抑うつ評価尺度が作成されたが、その後様々な言語に翻訳され世界中に広がった。現在抑うつ尺度は日常診療のみならず、抗うつ薬の臨床試験や脳科学の基礎研究などにおいて幅広く利用されている。

構造と理論

抑うつ評価尺度の構造は共通する部分がある。抑うつ評価尺度はいくつかの主要な抑うつ症状に関する質問項目とそれに対する選択肢からなる。

抑うつ症状には、「憂うつな気分」「不安」「寂しさ」といったネガティブ感情から、「自己否定」「将来への悲観」「希死念慮」といったネガティブ思考、「不眠」「食欲低下」「やる気のなさ」といった身体的なものまで様々なものがあるが、抑うつ評価尺度によって質問項目の抑うつ症状の種類や数は異なるが、「憂うつな気分」「やる気のなさ」「不眠」といった主要な抑うつ症状はほとんどの抑うつ評価尺度の項目に含まれる。

選択肢は症状がないことを表す選択肢を先頭に順に症状の多さを表す選択肢と続く。例えばPHQ-9の場合「全くない」「数日」「半分以上」「ほとんど毎日」といった具合にである。選択肢は選択肢には予め項目スコアが割り当てられており、全ての項目スコアの和(総スコア)を抑うつのレベルの指標と見なす。

抑うつ評価尺度は抑うつ評価尺度の項目スコアの和が抑うつのレベルに相当するという理論の上に成り立っているが、この理論はまだ実証されていない[3]。その一方でこの仮説を支持するシミュレーション研究も報告されている[3]

抑うつ評価尺度の一覧

評価者面接による抑うつ評価尺度

自己記入式抑うつ評価尺度

質問項目の数はPHQ-9が9項目、CES-Dツァング自己評価式抑うつ尺度(SDS)が20項目、ベックうつ病尺度が21項目と、PHQ-9が一番簡便である。PHQ-9はDSM-5の大うつ病の診断基準準拠していることもあり、現在世界的にもっとも利用される自記式抑うつ評価尺度である[4]

下記の4つの評価尺度の英文の原本はパブリックドメインになっている。しかし日本語版には著作権が存在する場合もあるので注意が必要である。日本ではCES-D、ツァング自己評価式抑うつ尺度(SDS)、ベックうつ病尺度 (BDI)が保険点数を認められている(2025年現在で80点)。

狭義には抑うつ評価尺度ではないが、抑うつ評価尺度としても用いられる自己記入式尺度

抑うつ評価尺度による疫学調査

日本では2000年に厚生労働省が初めて抑うつ評価尺度用いた大規模調査(保健福祉動向調査、対象32000人)を行った。調査ではCES-Dが用いられた。抑うつ症状の分布は下記の表のとおりとなった[5]

CES-Dでは過去一週間にそれぞれの症状がどの程度をあったかを、「ほとんどない」「少しある(1-2日)」「かなりある(3-4日)」「いつもある(5日-7日)」の4段階から被験者が選択する。

日本人を対象とした過去一週間の抑うつ症状の頻度(2000年)
抑うつ症状の種類ほとんどない1-2日3-4日5日-7日
1. 普段は何でもないことがわずらわしい52.8%34.2%10.1%3.0%
2. 食べたくない、食欲不振71.9%19.7%6.7%1.7%
3. 家族や友達からはげましもらっても気分が晴れない72.3%18.9%5.8%3.0%
4. 物事に集中できない53.7%30.8%11.5%3.0%
5. ゆううつだ52.8%34.2%10.1%4.0%
6. 何をするにも面倒だ47.1%35.8%11.2%5.9%
7. 過去のことについてくよくよ考える55.6%28.3%11.6%4.6%
8. 何か恐ろしい気持ちがする80.7%13.1%4.2%2.0%
9. なかなか眠れない62.8%23.1%9.5%4.6%
10. ふだんより口数が少ない、口が重い66.7%22.0%7.7%3.5%
11. 一人ぼっちでさびしい78.1%14.0%5.0%2.9%
12. 皆がよそよそしいと思う81.5%13.1%3.7%1.7%
13. 急に泣き出すことがある91.5%6.0%1.7%0.8%
14. 悲しいと感じる74.0%19.2%4.8%2.0%
15. 皆が自分をきらっていると感じる82.6%13.5%2.7%1.3%
16. 仕事(学業)が手につかない72.5%19.6%5.1%2.9%

抑うつ症状には頻度の高い症状もあればそうでない症状もある。例えば日本人の半数近くの人が「5.ゆううつだ」という抑うつ気分を週に1日以上認めている。一方「13.急に泣き出すことがある」という抑うつ症状の場合、10%以下しか認めていない。

全ての抑うつ症状で「ほとんどない」を選択した人が一番多く、一方で「いつもある(5日-7日)」を選択した人が最も少ない。つまり抑うつ症状を認めない人が最も多く、重い症状を認める人ほど少ない。

近年一般人口における抑うつ症状の分布は共通する数理モデルに近似することが報告された[6]。下記のグラフは上記の表を線グラフにプロットしたものである。16項目の抑うつ症状の分布が共通するパターンを示している(矢印が示すようにすべてのグラフが「ほとんどない」と「少しある」の間の一点で交差し「少しある」から「いつもある」にかけて規則に従って収斂する)[3]。なぜこのような共通するパターンに従うかについては抑うつの潜在特性が指数分布に従うことによると推測されている[3]

CES-D抑うつ症状の頻度の線グラフ
CES-D抑うつ症状の頻度の線グラフ

一般人口における抑うつ評価尺度の総スコアの分布は指数分布に近似していることが報告された[3]。この報告の再現性については、英国、日本、米国による大規模疫学調査のデータにおいて確認された[7][8]

ポジティブ感情項目と抑うつ評価尺度

抑うつ評価尺度の中にはCES-Dツァング自己評価式抑うつ尺度のようにポジティブ感情を逆転項目として含んでいるものある。最近作成されたうつ評価尺度はポジティブ感情項目を含まないのでその点は注意が必要である。

CES-Dやツァング自己評価式抑うつ尺度にポジティブ感情に加えた理由は明らかでないが、これらが作成された1970年代以前においてポジティブ感情の低下を測定することが抑うつのレベルを総合的に評価することにつながると認識されていた可能性がある。

しかしその後の心理学研究によってポジティブ感情と抑うつ気分は互いに独立した心理現象と考えられるようになった[9]。そういったこともあり近年作成された抑うつ評価尺度はポジティブ感情の項目を含まない。

抑うつ症状に比べると、ポジティブ感情のスコアはその国の文化の影響を受けやすく、特に日本を含む東アジアでは欧米に比べてポジティブ感情のスコアが低いことが知られている(ポジティブ感情は逆転項目なので抑うつ評価尺度の総スコアは高くなる)[10][3]。そういったこともありポジティブ感情を含む抑うつ評価尺度を日本人に用いる場合、欧米で標準的に使われるカットオフ値よりは日本人向けのカットオフ値を推奨する報告が多い[11][12]

関連項目

脚注

参考文献

外部リンク

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