文薫淑
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ムン・フンスク 文薫淑 문훈숙 | |
|---|---|
| 生誕 |
1963年1月25日(62歳) |
| 職業 | バレリーナ |
| 肩書き |
孝情韓国文化財団理事長 孝情文和苑長 |
| 宗教 | 世界平和統一家庭連合 |
| 家族 |
父・朴普煕 養父・文鮮明 |
文 薫淑(ムン・フンスク、朝: 문훈숙、英: Julia Moon、1963年1月25日[1] - )は、アメリカ合衆国出身の大韓民国のバレリーナ。父親は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の古参幹部の朴普煕。養父は統一教会創始者の文鮮明。文が創立したユニバーサル・バレエ団の総監督[2]、同関連団体「孝情韓国文化財団」の理事長[3]、統一教会の施設「孝情文和苑」の苑長などを務める[4]。元世界平和女性連合会長[5]。
生い立ち
1963年にアメリカ合衆国バージニア州に生まれた[1]。父親の朴普煕は世界基督教統一神霊協会(現・世界平和統一家庭連合)の伝道部長を務め[6]、1961年2月に韓国政府から駐米韓国大使館の陸軍武官補佐官に任命され、米国に移住していた[6]。
10歳の時に韓国を訪れ、文鮮明が創設したリトルエンジェルス芸術団でダンスの指導を受けた。ソウルのスンファ・アーツ・スクールでバレエを学び、ロンドンのロイヤル・バレエ・スクールやモナコ王女グレース・ダンス・クラシック・アカデミーで指導を受けた[7]
1982年、ワシントン・バレエ団に入団した[7]。
文鮮明の次男と霊魂結婚
1983年12月22日、文鮮明の次男の文興進(ムン・フンジン)の運転する車がニューヨーク州の凍結した高速道路で連結式トレーラートラックと衝突した。文興進は1984年1月2日に死亡した[8]。薫淑はワシントンにあるバレエ団に所属し、海外公演中だったが、文興進と霊的に結婚するためにアメリカに呼び戻された。
1984年2月20日、ニューヨークの統一教会ベルベディア修練院で、文興進と薫淑の「霊魂結婚式」が開かれた[9][10]。それとともに文鮮明は薫淑を養女にした[11][12]。米国の市民権を持つ薫淑は改姓し、文薫淑となった[13]。
ユニバーサル・バレエ団
1984年5月12日、文鮮明と韓鶴子は、文興進を記念するために「ユニバーサル・バレエ団」を設立した[14][15]。1986年、統一教会はさらに「ユニバーサル・バレエ財団」を設立した。ワシントンD.C.にあるユニバーサル・バレエ財団は、韓国のユニバーサル・バレエ・カンパニーのキャスティング・オフィスとして運営されている。このダンス・カンパニーは当初、朴普煕とバレリーナのエイドリアン・デラスによって設立された。デラスは以前、ジュリア・ムーンのダンス・インストラクターを務めていた。
1989年12月、薫淑はレニングラードでキーロフ・バレエ団の『ジゼル』に出演し、デビューを飾った。この公演を宣伝するために、文鮮明はニューヨーク・タイムズ紙に全面広告を出した。広告には文鮮明の写真と、ソ連の記者による文鮮明へのインタビューの文章が掲載された。文鮮明は薫淑のために東北にキーロフ・バレエ・アカデミーを創設し、ロシアのキーロフ・バレエ団のオレグ・ヴィノグラドフを芸術監督として迎え入れた。
1995年、薫淑はユニバーサル・バレエ団の総監督に就任した。
1998年、ユニバーサル・バレエ団は初のアメリカ公演を行った。
2000年、『デイリー・テレグラフ』紙のインタビューに応じ、ユニバーサル・バレエの総監督になったことについて「私はダンサーとしても演出家としても、ある種の資質を欠いています。しかし、このバレエ団は私のために作られたものだから、私が挫折したり、揺らいだりしたら、バレエ団も挫折してしまうような気がします」と述べた。
2000年、イブニング・スタンダード紙に、バレエ界における同性愛について「その問題に対処する必要はなかった」とコメントした。
2001年、ユニバーサル・バレエ団は『シム・チョン』をカリフォルニアで上演した。
2004年、ユニバーサル・バレエ団は韓国の世宗文化会館で『ラ・バヤデール』を上演した。同年に、薫淑はユニバーサル・バレエ団の芸術監督に就任した。同年、父の朴普煕はユニバーサル・バレエ団の理事長に就任した。
2019年3月6日、世界平和女性連合の世界会長兼韓国会長に就任[18]。2023年に同世界会長を退任[19]。
韓鶴子の逮捕
2025年9月23日明け方、金建希の疑惑を捜査する特別検察官チームは韓鶴子を逮捕した[20][21]。同日、教団は鶴子が逮捕されたことを受け、代表者会議という名義で通達を発表。韓鶴子が「危機が迫ったときは、『天愛祝承子』と『真の家庭四位基台』を中心に、一つになって仕事をしなさい」と言ったと明らかにした[22]。「天愛祝承子」とは、文鮮明・韓鶴子夫妻の長男の文孝進(2008年死去)の子である文信出(ムン・シンチュル、문신출)と文信興(ムン・シンフン、문신흥)の二人を指し[23]、同年4月の天苑宮入宮式で二人は鶴子から後継者指名を受けていた[23][注 1]。「真の家庭四位基台」とは、文孝進と文興進の家庭という意味で、具体的には文孝進の妻の姸娥と、文薫淑の二人を指す[22][28]。