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日色ともゑ

日本の女優 (1941-) From Wikipedia, the free encyclopedia

日色 ともゑ(ひいろ ともえ、1941年〈昭和16年〉6月4日[1][4] - )は、日本の女優。劇団民藝所属[1]。

本名 中園 ともゑ
生年月日 (1941-06-04) 1941年6月4日(85歳)
出身地 日本の旗 日本・東京都[1]
身長 153 cm[1]
概要 ひいろ ともえ 日色 ともゑ, 本名 ...
ひいろ ともえ
日色 ともゑ
本名 中園 ともゑ
生年月日 (1941-06-04) 1941年6月4日(85歳)
出身地 日本の旗 日本・東京都[1]
身長 153 cm[1]
職業 女優、声優
ジャンル テレビドラマ、映画、舞台
活動期間 1962年 -
配偶者 中園正樹(1969年 - 2018年:死別[2][3])
所属劇団 劇団民藝[1]
主な作品
テレビドラマ
『旅路』
『おていちゃん』
受賞
ゴールデンアロー賞取材協力賞(1967年)
読売演劇大賞優秀女優賞(2014年)
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本名は中園ともゑ[4](なかその ともえ)。東京都出身[1]。父親は東京新聞社社員で将棋観戦記者・演芸評論家の日色恵。夫は建築家の中園正樹(株式会社松田平田設計代表取締役社長:1995 - 2018年在任[3])。

略歴

人物

小学生の時に観た映画『原爆の子』に心を打たれたことが役者を目指す原点となる。自身も戦争で祖母と叔父、叔母を亡くしており、近年も平和の尊さを訴える朗読劇に積極的に参加している。

『大草原の小さな家』の吹き替えの依頼が来た当初は声優の経験がほとんど無かったことから自信が持てなかったので、1クール(22話分)だけのつもりで引き受けたという。しかし番組は好評で十年を越す長寿番組になり、共演した子役たちからは現在も「お母さん」と慕われ、交流が続いているという。

公演で新潟県を訪れた際とても好評だったことがきっかけで、近年は農業教室も開いており、自ら栽培し収穫した米は「ともゑ米」の銘柄にもなっている[6]。

特技はスキューバダイビング。テレビ朝日の「ゆく年くる年」の中継で水中写真家の中村征夫と共に、紅海の海中から水中生中継を行い、海に住む魚たちを紹介した[7]。

エピソード

  • 1968年(昭和43年)、同10月21日から31日まで開催された「第1回アジア・アフリカ映画祭」に出席のため、旧ソビエト連邦ウズベク共和国(現・ウズベキスタン)の首都タシケントを訪れている。
  • 父親が将棋の観戦記者だったこともあり、幼少の頃から父親に付いて対局場などに出入りする機会が多く、大内延介や米長邦雄といった同世代の棋士とは、彼らの修業時代から数えて五十年来の付き合いという。米長がかつて、『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングに出演した際も、おともだちとして日色を紹介した。
  • 6枚落ちのハンデをもらった対局で大山康晴に勝利した。
  • 60歳で終活を始めており、現在も進めている。数年前から自分が眠るための墓を用意している。
  • 『大草原の小さな家』でカレン・グラッスルの吹き替えを担当することになったきっかけは監督に「カレン・グラッスルと顎の骨格が似ているので声も似ているだろう」と判断されたことである。
  • カレン・グラッスルがカントリーマアムのCMに出演した際当初は別の役者が吹き替えを担当していたが、当時の不二家の社長夫人が「日色ともゑの声でないと違和感がある」と社員に伝えたことがきっかけで、急遽CMでも日色が吹き替えを担当することになった。当時日色は劇団での地方巡業中だったため、大阪までスタッフが赴き収録した。
  • 1979年(昭和54年)4月に行われた東京都知事選挙では、元総評議長の太田薫の推薦人に名を連ねた[8]。

出演

映画

テレビドラマ

テレビアニメ

  • どんべえ物語(1981年、日本テレビ)

劇場アニメ

OVA

吹き替え

バラエティ

人形劇

ラジオドラマ

CM

舞台

※ 外部出演その他詳細については 公式プロフィール を参照。

劇団民藝
  • 泰山木の木の下で(2024年) - 神部ハナ 役
  • 囲われた空(2024年) - 祖母 役
  • 八月の鯨(2025年) - サラ 役
  • 記憶の危うさについて 第一部「だって何も思い出せない」(2025年) - レオノーラ 役
  • 泰山木の木の下で わたしたちの明日は(2026年上演予定)[12]

著書

  • 宇野重吉一座・最後の旅日記(小学館文庫)

脚注

参考文献

外部リンク

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