早尾町 (愛西市)
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歴史
町名の由来
『尾張國地名考』によると当町域以南は地面が低くなっており、田の水が早く落ちるために早水尾と呼ばれていたのが約されて早尾となったものという[1]。
沿革
- 3世紀中頃と推定される土器が出土しており、この時期には人が定住していたと思われる[WEB 6][WEB 7]。
- 鎌倉時代から戦国時代 - 尾張国海西郡赤目保の早尾村として所在していた[1]。このころに津島の豪族である大橋源三右衛門によって早尾東城が築かれる。
- 江戸時代 - 尾張国海西郡の尾張藩領鵜多須代官所支配の村として所在[1]。
- 1889年(明治22年) - 市制町村制下の早尾村となる[1]。
- 1897年(明治30年) - この年の木曽三川分流工事により水没した二老より光輪寺が移転[1]。
- 1906年(明治39年) - 立田村大字早尾となる[1]。
- 2005年(平成17年) - 愛西市早尾町となる。
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 14]。
| 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|
| 全域 | 愛西市立立田北部小学校 | 愛西市立立田中学校 | 尾張学区 |