昇天祭の日にリード島に出航するブチェンタウロ
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| フランス語: Le Départ du Bucentaure vers le Lido de Venise, le jour de l'Ascension 英語: The Departure of Bucentaur for the Lido on Ascension Day | |
| 作者 | フランチェスコ・グアルディ |
|---|---|
| 製作年 | 1770-1780年 |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 66 cm × 101 cm (26 in × 40 in) |
| 所蔵 | ルーヴル美術館、パリ |
『昇天祭の日にリード島に出航するブチェンタウロ』(しょうてんさいのひにリードとうにしゅっこうするブチェンタウロ、仏: Le Départ du Bucentaure vers le Lido de Venise, le jour de l'Ascension、英: The Departure of Bucentaur for the Lido on Ascension Day)、または『サンテレーナ河岸近くのブチェンタウロ上のドージェ』(サンテレーナかがんちかくのブチェンタウロじょうのドージェ、英: The Doge on the Bucintoro near the Riva di Sant'Elena)は、18世紀イタリアの画家フランチェスコ・グアルディが1770-1780年にキャンバス上に油彩で制作した風景画である。おそらく、ドージェのアルヴィーゼ・ジョヴァンニ・モチェニーゴにより委嘱された[1]。作品は現在、パリのルーヴル美術館に所蔵されている[1][2]。
この絵画は、ドージェ (ヴェネツィア共和国の総督) の儀式を表す12点の連作のうちの1点である[1][2]。連作は、1763年にドージェのアルヴィーゼ・ジョヴァンニ・モチェニーゴが戴冠された際の儀式を記念したもので、それらはカナレットが描いた素描にもとづき、ジャンバッティスタ・ブルストロン (Giambattista Brustolon) がエングレービングにした光景を忠実に模写している[1]。そのため、作者について混乱が生じ、連作はかつてカナレットに帰属されていたが、様式的に間違いなくグアルディのものである[3]。
本作と連作中のほかの作品は、ヴェネツィアの祝祭のうち最も豪華な「フェスタ・デッラ・センサ」を表している。この祝祭は毎年のイエス・キリストの昇天祭に開催されたもので、1000年ごろ、ダルマチア征服を成し遂げたドージェのピエトロ2世オルセオーロが遠征に出航したことを記念している。同時に、1177年にドージェのセバスティアーノ・ヅィアーニ、教皇アレクサンデル3世、神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世の間で結ばれたヴェネツィア条約をも記念したものである。この祝祭中に、ドージェは「ブチェンタウロ」として知られる豪華な共和国の船でリード島を訪れ、海に指輪を投げ込んで、ヴェネツィアとアドリア海の婚礼を表す「海との婚礼の祭典」を行った[4]。

本作は、リード島のサン・ニッコロ聖堂に向けてヴェネツィアを出航するブチェンタウロを表している[2]。手前のサンテレーナ島の河岸では、白い仮面と黒マントを着けた貴族や老若男女の市民が入り混じって、その光景を見物している。画面右奥には、ブチェンタウロが最終的に帰還するサン・マルコ広場前の埠頭、遠景中央にはサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂、左にはジュデッカ島やサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂が見える[2]。
なお、連作中の別の1点『リード島サン・ニッコロ聖堂に着いたブチェンタウロ上のドージェ』は、出航したブチェンタウロがリード島に到着し、ドージェがサン・ニッコロ聖堂にミサを聞きに行こうとしている光景を表している。
歴史
この絵画は、フランス革命中の1797年にベルギー人貴族ジョゼフ・フランソワ・ザヴィエ・ドゥ・ペストル・ドゥ・スネッフ (Joseph François Xavier de Pestre de Seneffe) 伯爵のコレクションが没収された際にルーヴル宮殿に収蔵された。ドゥ・ネル館 (Hôtel de Nesle) にあったグアルディの連作のほかの11点とともに取得されている。その後、トゥールーズ美術館 (現在の自然史博物館) に送られたが、1952年にドミニク・アングルの肖像画および別のグアルディの絵画との交換でルーヴル美術館に戻された[5]。
フランス第一帝政時代に、連作は離散した。トゥールーズに送られた本作以外の11点中7点はルーヴル美術館に残されたが、1点はブリュッセルに、2点はナントに、1点はグルノーブルに送られた。上述のように1952年に本作はルーヴル美術館に戻されたが、それは連作を特別室に展示する試みの第一歩となっている[6]。今日、連作にあった作品中、ブリュッセルとグルノーブルの美術館に残っているもの以外の10点がルーヴル美術館に展示されている[1][7]。